「乳がんを告知されたとき、『頭の中が真っ白になってしまう』というのは本当なのだな・・・と実感しました。先生がいろいろと説明をしているのに、『全く耳に入ってこない』と患者さんがよくおっしゃっていましたが、自分がそれを体験したのは本当に目からうろこでした。現実が悲しすぎて涙が止まらず、その親友に説明して泣いて、連れて帰ってもらいました。そのとき看護師さんには、『ひとりじゃなくてよかったね。この間ひとりでがん告知を受けた人は、赤信号に突っ込んで行ったらしいよ』と言われて、『あぁ、本当にひとりじゃなくてよかったなぁ・・・』と思いました。

その晩はひとりでいたくなかったので、親友の家に泊めてもらい、心配してくれていた両親と彼と、私より3ヵ月先に乳がんになって手術を受けていた東京の叔母に電話して報告し、叔母には『無理せず皆に甘えなさい』と言ってもらいました。」

「手術を受けるまでの2週間は今思い出しても地獄のような2週間でした。食事も食べられず、仕事に出ても乳がんの患者さんと自分を重ね合わせてしまい、すごく悲しくて涙が止まらなくなったりして、仕事になりませんでした。

それでお休みすることにして弟の家にお世話になっていましたが、やはり眠れず、夢でも自分が乳がんだったという夢をみるのです。目が覚めると、自分は乳がんだという現実が突きつけられるし、ごはんも食べられないし、自分の中にがんがあると思っただけで冷や汗びっしょりになり、自分はもう死んでしまうのではないかと、悪いほうに悪いほうに物事を考えてしまい、1週間ぐらいは本当に眠れなかったです。

完全にうつ状態になってしまった感じでした。私は精神科の病棟に勤めていたのですが、尊敬する精神科の認定看護師の先輩が胃がんを患ったことのある方だったので、その方に話を聞いてほしいと思い、自分の勤めている病院の精神科外来に行きました。その方に、『こうこうこういうことで眠れない、ごはんも食べられない、どうやってがんを乗り越えたのですか？』と聞くと、『全然乗り越えてないよ。12年経つけれども全然乗り越えてない。だから乗り越える必要なんてないのだから、そんなに頑張って向き合おうとしなくてもいいんだよ。皆に甘えて、わがまま言っても泣いても何してもいいのだから』と言って頂いて、ものすごく心が楽になりました。

一緒に働いていた精神科の先生にも、『どうして私ががんにならなきゃいけないのですか？』と泣きながら、責めるような感じで言ってしまったのですが、『山内さんがそんな精神状態になるのは全然おかしいことじゃないし、普通の人は皆そうなるし、誰だってそういう状況になれば“うつ”になるから』ということで、『お薬を飲んで少し心が楽になれるかもしれないよ』と言われて、抗うつ薬を出していただきました。そのお薬を飲んでからは本当に心が前向きになれたというか、状況は何も変わっていないのですが、本当にいろいろ悪いことを考えなくなったのです。それで『薬に頼っていいときもあるんだな・・・』と自分でも思いましたし、もう『手術を受けてやるしかない』と、気持ちも固まってきたという感じでした。」

「2週間後の手術の日、今まで盲腸ぐらいしか手術をしたことがなかったので、手術については全身麻酔がやはり怖いなというのがありました。もともと温存手術とは言われていたのですが、しこりの周りもくり抜く感じになるので、『おっぱいの形が少し変わってしまうこともありえます』と言われ、『どれくらいえぐれてしまうのだろう』とか、何かそうした整容性の部分で不安だったことをはっきりと憶えています。

手術を受けて全身麻酔がだんだん覚めてくるおぼろげな記憶の中で、左の脇の下だけがものすごく痛かったです。胸のほうの創（きず）はそれほどでもなかったのですが、脇の下のリンパを郭清（切除）したところがすごく痛くて、痛み止めの注射を何回か打っていただきました。その痛みが『自分はがんだったんだ』ということをすごく痛感させたというか、そこで諦めがついた感じです。『あぁ・・・私はやはり嘘でも夢でもなく乳がんだったんだなぁ・・・』と、そのときにはじめて受け入れられたような気がしました。」