統合失調症と向き合う

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笠井 清登さん
笠井 清登さん
(かさい・きよと)
東京大学大学院医学系研究科精神医学分野 教授
1995年に東京大学医学部附属病院精神神経科で研修開始、2008年6月現職に就く。神経画像・臨床生理学的手法を用いて、統合失調症、自閉症、心的外傷後ストレス性障害などの脳病態解明で成果を上げてきた。統合失調症の早期リハビリテーション(デイホスピタル)の分野にも力を入れてきている。
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3統合失調症の見通し
●昔は悲観的なイメージ

「(統合失調症は)以前は見通しが悲観的と言われていたのはたしかに事実で、今は、そうではないというのが最初にお答えすることです。以前は見通しが悲観的というのは、クレペリン(Emil Kraepelin)というドイツの精神学者の方が、はじめて統合失調症のような症状を呈する方々を定義したわけですけど、その定義を日本語訳で言うと早発性痴呆、早く始まる痴呆として定義したんですね。

で、その頃は治療法がないので、多くの患者さんが社会的予後の悪いままで経過している姿を目の当たりにして、クレペリンは、早発性痴呆と名付けたわけなんですね。で、これはクレペリンが悪かったわけではなくて、治療法もないですし、たぶん(そう)定義せざるを得なかったと思います。

そういう悲観的な病気というイメージが、つい最近までやっぱりつきまとっていまして、それに影響を与えた因子としては、統合失調症の方の分類みたいなものがありまして、亜型分類と言うのがあるんですけど、その一つに、日本語訳が良くないのかも知れないんですけど、破瓜(はか)型というのがあるんですね。それは思春期にすごく早く始まって、社会的な予後が悪い一群のことをそう(破瓜型と)呼んでいるんですね。それはたぶん治療法があまりない頃に、そういう一群の方がいらっしゃったということなわけですけど。それが、家庭の医学とかにもいまだに破瓜(はか)型というふうに書いてあるんですね。で、そういうのを統合失調症の知識がなくてはじめてご覧になったご本人や家族とかが、ものすごいショックを受けられるんですね。『私はこの型なんでしょうか、それとも違う型なんでしょうか』とすごく気にされます。それは当然のことであって、そういう名称も良くなかった。」

●病気の改名でイメージが改善

「精神分裂病という、2000年頃まで使われていた日本語訳も、偏見、スティグマを助長する傾向にあったわけですね。期せずして。で、学会では7、8年前から統合失調症と呼ぶように変えて(2002年に改名)、そのほうが病態を表していますし、患者さんやご家族への受け入れ方もすごく改善してきましたので、逆に言うと我々も正直に告知をすることができるようになってきたわけです。

それまで(改名まで)は精神分裂病です、と申し上げると、こういう悲観的な病気と思われているので、非常にショックを受けるのと、あと家庭の医学とかをご覧になってダブルショックを受けられて、それこそもう、今後の生きる方針を見失ってしまうような方が多くて、我々も、患者さんにショックを与えてしまっては治療が行えませんので、告知を、特に最初のうち手控えるようになってしまったわけですね。でもそれは逆にご本人がお病気と向き合うことを阻むことにもなって。で、ご自分が精神分裂病あるいは統合失調症とご存じないままに、最初はまあ、我々と対人関係ができるので通ってこられますけど、やはりお病気と認識していませんので、だんだんに治療を中断してしまったりする方も多いわけです。そういう問題点があったわけです。

で、今は病名も正しく変更されたし、そういう意味ではいい方向に行っています。実際に、さっき言った、長期的なニューロイメージングの研究が行われてきて、お病気の初期に病態が変化するんだけれども、それをなるべく早くブロックしてあげれば、予後が改善する可能性が見えてきたので、その悲観的なイメージは、我々研究者の間では少なくともすごく改善しています。だからそのイメージが、今度、当事者の方とかご家族に伝われば、イメージはもっと改善すると思います。」

●回復を目指す病気に変化

「そういう機運もあって、最近では、例えばアメリカのアンドレアセン(Andreasen.Nancy C.)という有名な精神医学のリーダーのような方が、数年前から統合失調症っていうのは、寛解、レミッション(remission)と言って、今まで思われていたよりも良くなる病気である、また、更に一歩進んで、回復、英語で言うとリカバリー(recovery)と言うのですけど、レミッションとかリカバリーを目指すべき病気なんだと、悲観的なイメージ、クレペリンの早発性痴呆のイメージで我々も対応していると、目指す地点が我々のほうで低くなってしまうので、当然患者さんや家族が目指す地点も低くなってしまうと。それで、本来達成すべき、そういった寛解とか回復を達成できていない方が大勢いる、だから目標を高く持つべきだということで、その目標を、どういうものを寛解と呼ぶかということもきちっと客観的な記述で定めたんですね。そういうキャンペーンを、アンドレアセンさんは行っています。そういうキャンペーンもあるので、我々精神科医の間でも見通しが明るくなってきている。

もう一つ、今度はオーストラリアのマクゴーリー(Patrick McGorry)先生という方がいて、その方はオーストラリアのメルボルンで、統合失調症の方をなるべく早く見い出して、お病気になるかならないかぐらいのときに、非常に苦しくて悩んでいる方に早くお越しいただいて、心理社会的な対応を含めて早くやりましょうというようなことを提唱していらっしゃるんですね。その方が、お病気には、いろんなステージがありますと。まだ何も症状が出てない時期から、症状が少し出かかっていてちょっと辛い時期、それから症状が激しく出ているとき、症状が部分的にしか良くなってなくて完全に寛解していない時期とかですね、あるいは寛解できなくて何度も再発している時期と、こういうステージ分類をしました。これを臨床病期と呼んでいるんですけれども、統合失調症あるいは精神疾患ではじめてそういう臨床病期という概念を導入しました。他の病気、がんとかであれば、臨床病期というのは当たり前の概念で、がんがない時期が0とか1とか、ちょっと進んでいるのが2とか、非常に進んでしまった時期が4とか、そのステージ分類に基づいてそれぞれ治療法が決まっているわけですね。ところが精神疾患は、今までステージ分類というのはされていなくて、ステージそれぞれの病態を把握したり、それぞれに特別な治療を行ったりというものはなかったんです。で、マクゴーリー先生は、最近の統合失調症の見通しが明るくなってきていることと呼応して、そういう臨床病期という概念を統合失調症にはじめて導入しました。ですからなるべく早く見つけて介入して、ステージが進まないようにしていきましょうというキャンペーンをしているわけですね。

それはオーストラリアだけじゃなくて、イギリスも、ブレア政権になってから精神保健対策をすごくしていますので、オーストラリアとイギリスの流れは一緒なんですけども。あるいはアメリカでも、そういうふうになってきているわけですね。

日本の場合は、そういう流れがやはりちょっと遅れているんですけども、最近非常に進んできていて、例えば、(東京都立)松沢病院の岡崎祐士先生とか東邦大学の水野雅文先生といった方々が、イギリスやオーストラリアのモデルを導入して早期介入といったようなことを実際に進めておられたり、あるいは政府に働きかけたりといったことを進めているわけですね。大変重要な動きだと思います。」

クレペリン(Emil Kraepelin):内因性精神病を早発性痴呆と躁鬱(そううつ)病に大別し、現代の精神医学の臨床的体系の基礎をつくったドイツの精神科医
アンドレアセン(Andreasen.Nancy C.):アメリカの精神科医
マクゴーリー(Patrick McGorry):オーストラリアの精神科医。1990年代、Alison Yung、Patrick McGorry、Lisa Phillipsらは、近い将来精神病に発展する可能性がある「超高リスク」状態にあり、対応を求めてやってきた人を見い出すための、操作的基準を作成するとともに、精神病に臨床病期概念を導入し、早期介入を推進している。
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