統合失調症と向き合う

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渡邉博幸さん
渡邉 博幸さん
(わたなべ・ひろゆき)
国保旭中央病院神経精神科
地域精神医療推進部部長
1992年千葉大学医学部卒業、同大附属病院研修医を経て、1998年大学院修了後、同精神科助手。2007年より同講師を経て、2009年に現職に就く。地方での精神医療の活性化を図るため、精神疾患に特化した訪問看護ステーション「旭こころとくらしのケアセンター」の設立など、様々な地域精神医療の仕組みづくりに関わり、それらとの強い連携のもと精神科医療を実践している。
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6訪問診療の実際例
●家族の思いを共有する

「最近経験したお話です。ご本人様とご家族様には、もちろん名前とか状況の細かなところは伏せてお話をさせていただくことはありますと、ご了解をいただいています。

その方は、もう10回以上入退院を繰り返しておられる30代後半の男性の方です。良くなっては退院して、退院するとすぐお薬をやめてしまって、病状が悪化して、悲しいことにご家族様、お母様に対して非常に激しい暴力とか、他の方に対しての暴力になってしまって、かなり強制的な形での入院を繰り返しておられる方なんです。

昨年、(私に)担当が替わったときに、ご家族に『担当替わりましたのでよろしくお願いします』と、お電話しましたら、お母様が『ずっと病院にいさせてください。今までも何度も入退院を繰り返したけどれも、家に行くとすぐに悪くなっちゃって、また入院することになって、ご近所にも迷惑をかけたから、退院したらご近所からもまた白い目で見られて近所づきあいが悪くなってしまう、肩身の狭い思いをしてしまうし、他の兄弟姉妹の結婚とかにも影響してしまうから、ずっと入院させてほしい』という悲痛な叫びと言いますか、偽らざる率直なお気持ちをお話しされていました。

お母様は暴力をご本人から受け続けていたので、ご本人に会うのがとても怖くて、入院したあともいろいろ洗濯物とかを交換しに(病院に)来ても、ご本人に会わないで帰ってしまうということを繰り返していたんです。ですが、今回の入院でご本人は病状のほうはかなり安定して、不十分なところはあるとはいえ十分退院してやっていける、支援を入れればやっていけるのではないかなと、私達、病院のスタッフはアセスメント(評価)していました。そこでお母様になんとかお願いして、まずご本人に会う前に私の外来のほうに来ていただいて、外来で今までのお母様のご苦労を主治医も替わったばかりなので伺いましょうということで、3回か4回ぐらいですね、1時間以上お話をされていました。涙ながらに今までどんな苦しい思いをしていたか、そしてご近所とかお姑さんとの関係で、お前が悪いんだと言われて肩身の狭い思いをして、一緒に無理心中を図ろうとまで思いつめたこともあったと、そういうお話を淡々となさっているんですね。

で、話を聞いて思ったことは、統合失調症の正確な情報をなかなか知る機会がなくて、統合失調症というのは気の病である、本人の性格の悪さである、あるいは何か悪い霊みたいなものがついちゃった、そのためにお呪いにたくさんのお金をかけてしまったとか、そういうことが分かりました。」

●病気の情報を提供する

「それで、お母様に統合失調症の症状やどういう治療が必要なのかなどを分かりやすく何回かに分けてお伝えして、それで、『じゃあ、今回やってみます』と…。ただ、そのためにお母さんの不安も強かったので、お母様1人にご本人の在宅での療養を支えさせるつもりはない、週3回訪問看護と旭中央病院の精神保健福祉士、ワーカーですね、PSWと言いますけれども、PSWが訪問に入ります。お母さんだけに面倒を見てもらって、お母さんにプレッシャーをかけないように、むしろお母さんが安心してご本人との生活を楽しんでいただけるようにお手伝いしますということを伝えました。

実際、外泊を何度かしていただいて、その間に訪問看護やPSWの訪問も入って、こんな形でやりますよということをお母さんに理解してもらって、どうでしたとお母さんからのご意見、感想を伺って、じゃ、こういうところを工夫しましょうと十分段取りを整えて退院していただいたんです。」

●短期の息継ぎ入院

「ご本人もご家族も安心する1つのキーポイントとして、3か月、4か月経ったら、『がんばったね』ということで、少し息継ぎのために入院して、3か月間の生活を入院で振り返って、まだちょっと不安なところを整えなおして、私たちの支援の体制もそこでもう1回組みなおして、また退院していただく。もちろん入院期間というのは、3週間とか1か月間とか精神科入院としては比較的短期入院を予定しているのですけれども。」

●訪問時に相談できる

「在宅で訪問支援を入れていくとですね、ご本人はいろいろ相談ができるというメリットがもちろんあるんですけども、お母様が訪問看護の方が来るのを楽しみに待っていて、日常生活の、ご本人と一緒に生活の中で出てくるこまごまとしたことを質問したり、こういう不安や心配があるんだけどどうしたらいいかという相談をやりとりできるようになるんですね。そのつど出てくる疑問を次の訪問の時には解決あるいは少し軽くすることができて、お母様のお気持ちもだんだんと柔らかく、ご本人を受け入れやすく、優しいそしてしなやかになって変化してきたんですね。」

●訪問看護による家族の変化

「最近お母さんは、こういうことをおっしゃっています。『近所に同じような病気で困っている娘さんを持っている親御さんがいて、私、言ってやったんですよ。お呪いに行くんじゃなくて、病院に早く連れて行ったほうが良いって。で、心配することないって。お薬もちゃんと合わせてもらえるし、家でお薬の管理とかも、あたしもう年取って目も悪いしできないなんて言ってないで、訪問看護を利用すれば手伝ってくれるって。そう言ってアドバイスしてやったんですよ』と。それぐらいに、お母さんは変わられました。

このように訪問看護を使うことによって、最初は傷ついた、非常に弱い立場から、だんだんとサービスを利用してもいいんだ、あるいは上手に利用できるユーザーの立場に、そしてさらにはサポーターの立場に変わって、あえて言えば、私たち精神医療をやっていく者の強力な味方というか、一緒に精神医療を支えていく仲間になってきているというふうに感じています。このような力が訪問看護や訪問診療にはあるんだなぁというのが、私の実感です。」

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