統合失調症と向き合う

体験者の声 医療者・支援者の声 家族の声 私たちの活動紹介 イベント おしらせ
藤井康男さん
藤井 康男さん
(ふじい・やすお)
山梨県立北病院院長、
慶応義塾大学医学部精神神経科客員教授
1977年慶応義塾大学医学部卒業。1978年4月 山梨県立北病院に勤務。1985年9月 医学博士を授与。1985年8月〜1年間 フランスのバッサンス公立病院へ留学。2003年4月山梨県立北病院院長に就任し、2007年4月より慶應義塾大学医学部精神神経科客員教授。
movieImage
<<  1  2  3      4          5  6  7  8        >>
6救急・急性期での治療「点滴注射」
●救急・急性期での治療
 点滴注射について

「注射の話は、例えば、統合失調症の急性期治療で、たいへん具合が悪くて、なかなか自分でお薬が飲めないという場合もたしかにあるのですよね。そういう場合の治療の仕方として、日本で大きく2つの流派に分かれると思います。1つは、今、結構よくやられているのですが、そういう方を拘束する。要するに拘束帯で患者さんを動けなくさせて、ハロペリドールという薬を点滴静注するというやり方が、日本で割合よく行われていると思います。

たしかにそういうやり方も必要な方もいるかもしれませんが、割合こういうやり方がルーチン化していてですね、統合失調症の急性期で、たちまちその治療に入るというのは、私はやや疑問を持ちます。でも中には、身体的な合併症がある方もいらっしゃるので、点滴静注を否定するものではないのです。ただ、こういう場合も、いろんな副作用をモニタリングして、きわめて気をつけてやらなければいけないと思いますね。

ハロペリドールという薬が点滴静注を頻繁にされている国というのは、日本ですよね。世界的に行われているわけではないのです。やはりこの薬をある程度の量を使うことに関しては、特に心臓の副作用の問題等もありますので、十分なモニタリングが必要というふうに言われています。あるいは、これ(点滴静注)をするにあたっての患者さんへの説明もなかなか難しいですけども、その辺の問題だとか、医療倫理的な問題というのも、もう少し詰める必要があるかなというふうに私は思います。ただ、患者さんがなかなか薬を受け入れない場合にどうしたらいいかということは、臨床的にもたいへん難しい問題です。」

●救急・急性期での治療
 服薬について

「もう1つの流派としては、やはり患者さんに口からなんとか飲んでいただくように努力するということです。これはもちろん基本中の基本ですし…。

で、患者さんはなぜお薬を嫌がるのかということをよく調べてみると、最大の理由は、『副作用が怖いから』ですね。だからその辺を、具合が悪い方に説明するのはたいへん難しいのですけども、根気よくその必要性と効果と副作用を分かるように説明して、納得していただく努力というのは十分にしなければいけないし、そこがやはり治療の最初ですね。とても大切だと思います。

ただですね、そういうことを一応よく説明してもなかなか受け入れてくれないこともあるし、そうするとやはり、そのまま放置していいかという問題もあります。そういう場合に、患者さんに、オランザピンのザイディス錠などを口に入れて、『これを飲みなさい』と無理にお勧めすることも臨床の現場ではなくはないですね。なるべく注射をしないで、飲み薬でということを考えることも非常に大切ですし、その中で、一定の強制というのが必要な場合がなくはないというのが、臨床の現場では十分ありうることだと思います。

ただ、やはり日本で今、臨床的に大切だと思われているのは、第二世代の薬の筋注製剤が日本にはないということですね。世界的に見るとあるのです。例えばアリピプラゾールの注射製剤は発売されていますし、オランザピンの筋注製剤も世界的に発売されています。日本ではまだこれがないですね。で、オランザピンの筋注製剤も、臨床試験されていますけども、これはぜひ早く日本で使われるようになると(良い)ですね。やはり救急・急性期の治療の中で、第二世代の薬で最初から治療したいと、臨床家はみんな思っていますから、ま、そういうふうな治療が可能になるということでしょうかね。」

●救急・急性期での治療
 筋肉注射について

「点滴静注というやり方が始まったのは、おそらく20年ぐらい前からでしょうかね。最近の十数年、特によくやられている病院があるということですね。これは非常に面白いのですけども、そういうことを非常によくやられている病院と、ほとんどやらない病院というのははっきり分かれるのですね。これは、要するに治療の流れが違うと言いますか…。ほんとうは救急・急性期の治療はある程度統一化すべきだと思うのですが、まだその流派が日本では確立されてないというふうに考えてもいいと思いますね。

以前は、筋肉注射というのがよく行われましたし、一番よく行われたのはハロペリドールの筋肉注射、あるいはレボメプロマジンの筋肉注射というのが行われています。もっと昔はクロルプロマジンの筋肉注射もありました。ただし、筋肉注射をするとですね、特にレボメプロマジンなどがそうなのですが、そのあととても痛いのですよね。注射している時に痛いのは当たり前ですが、そのあとしこったりして痛い、注射部位が腫れたりするのがとても辛いですよね。ハロペリドールの筋肉注射も、そのあとのそういう局所の注射部位反応はそれほどではないのですが、やはり、そのあとの副作用の問題というのがとても気をつけられているというのが事実です。

表2 抗精神病薬による主な副作用
表2 抗精神病薬による主な副作用
クリックで拡大します
これは副作用のことで先ほど言わなかったのですけども、“悪性症候群”という副作用があって、ハロペリドールの投与、あるいは第二世代の薬でも起こることがあるので、気をつけなければならない副作用ですね。これはパーキンソン症状が非常に強く出た状態になって、非常に体中が硬くなって全身が固まったような状態になります。で、ものが飲み込みにくくなる。同時に熱が出てくるわけですね。最初は37℃台ぐらいあるのですけど、そのうちに38℃、39℃、40℃ぐらいと非常な高熱になってくる。で、ものすごい汗をかき、脱水になってくる。そのうちに呼吸が苦しくなってきて、末梢の循環が悪くなって、皮膚に水泡が出てきたりして、ひどくなるともちろんいろんな問題が起きて、亡くなってしまうこともあるぐらい重大な副作用ですね。

早く気がついて、適切な治療をすれば、そんなに重大化することはないのですけれども、やはりなかなか救急・急性期の治療の中で、注射することが必要なこともあるし、そういう場合というのは、いろんな検査を行いづらい、副作用のチェックも難しいことがありますから、現在でもなお、この悪性症候群というのは心配のいる副作用の1つだと思いますし、今でも起こっている副作用だと思うのです。

で、ハロペリドールの筋注製剤というのは割合そういうことの原因になりやすかったので、むしろ点滴で使ったほうがそういうことは少ないのではないかというふうに思われているということです。本当に少ないかどうかはよく分からないです。このことに関しては厳密な検討が行われてない。おそらく点滴すると同時に水分も入りますから…。

で、悪性症候群というのは、栄養状態が悪かったり脱水状態の方にハロペリドールのような抗精神病薬を特に非経口投与すると起きやすいと言われているので、点滴をして十分な管理をしていくとそういうことが起きづらいとは思うのですが、ただ過剰に投与した場合に起こらないという保証はありません。だから、注意が必要な副作用の1つです。」

●錠剤と注射の効き目の早さ

「その辺に関してどっちが早いかどうかということはたいへん難しい問題です。対象となっている患者さんが違いますからね。ですから、飲み薬でも、それを飲んで効果がある方では、ほんとに数日で見事に良くなる人もいるし、点滴(注射)をしてもちろんすぐ良くなる人もいるし、ちっとも良くならない人もいます。ですから、点滴をするなり注射をしただけ早く良くなるかどうかということはよく分かりません。

ただ、抗精神病薬が、統合失調症の救急・急性期の回復を早めることは間違いないので、何らかの方法で、その方に投与しなければいけないということは事実、間違いないので、ま、いろんな投与の方法があってよろしいということなのだと思っているのです。」

●救急・急性期治療のあり方

「ハロペリドールの筋注製剤は、一時よりは行われなくなったのですが、今でも行われています。もちろんそれ以上に、病院によってはハロペリドールの点滴静注というのが行われているということです。

問題はですね、そういう治療が十分な説明の元に、患者さんが分かってやられているかというと、なかなかそうでもないということですね。なぜかというと、そういう時というのは患者さんに病気のことをなかなか分かっていただけなかったり、症状が活発だったりして受け入れないというので、そういうことをせざるを得ないということもあるのですね。そうすると患者さんからしてみれば、急に押さえて注射をされたり、縛られて点滴をされたりすると、そのことに関してのたいへんな恐怖感と言いますか、(それ)を持つのは当然であるなあと思うのです。

でも、患者さんの結構な方はですね、そういうことを行ったあとで、自分の症状が治ってきたとすれば、『やっぱりその時にやってもらって良かったなあ』と思われる方もたくさんいらっしゃいますね。あの時の自分だと、そういうことも必要だったかもしれないというふうに思われるかもしれません。これはそういう研究もされているのですけども、そういうふうに思われている方もかなりいらっしゃる。でも中には、『何であんなことをされたんだ、自分はもうちょっとちゃんと説明してもらえれば、ちゃんと薬も飲めたし、そんなことまでされなくても大丈夫だったんじゃないか』というふうに思われる方もいるし、その時の病院の対応によっては、自分がとんでもないことをされたと。あんな病院に二度と行きたくないとか、あんなお医者さんとかあんな看護師さんの言うことは絶対聞きたくないというふうに思われて、例えば退院されたあと、その病院への通院をやめたり薬をやめてしまうということになるかもしれないですね。

だからその辺のことはまだ十分分かってないのだけれども、救急・急性期の治療というのはそれだけの問題ではなくて、そのあとの長期の維持治療に関係する治療ですから、やはりその時の治療の体験というのを良いものにして、そのあとの治療の継続性を高めなければいけないというのは、今、非常に重要なテーマになっていますから、そこを考えての治療の方法ということになります。

そうするとやはりできるだけ強制的な治療を減らさなければいけないとは思います。ただ、じゃ、強制的な治療を一切やらなくて、患者さんは嫌だと言ったら薬を飲まなくてもいいのかというと、そうではない。この問題が今、非常に重要なテーマとして出てきているのかなあとは思いますね。」

<<  1  2  3      4          5  6  7  8        >>