統合失調症と向き合う

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向谷地 生良さん
向谷地 生良さん
(むかいやち いくよし)
北海道医療大学大学院看護福祉学研究科教授
1978年に北海道浦河町の病院に精神科専属のソーシャルワーカーとして赴任し、1984年に地域活動拠点「浦河べてるの家」を設立。理事、アドバイザーとして活動している。向谷地さん等が提唱する精神障害を持つ当事者が自らの症状を含めた生活上の出来事を研究・考察する「当事者研究」が広がりをみせている。べてるの家の詳細は、ホームページ参照。
浦河べてるの家:就労支援事業所、グループホーム、共同住居などを運営。べてるは旧約聖書に出てくる地名で「神の家」という意味。全国から年間2,000人以上の見学者が訪れる。
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1当事者研究について
 ③ 当事者研究のメリット・効果
●医療関係者にとって当事者研究のメリットとは?

「私は、統合失調症とか、一番説明しにくい困難さを生きている人達が、生きやすくなるという経験は、多くの人達に活かせるというか。その人達でも、こうして、生きやすくなれるということは、そこに起きていることを、みんなが受け継ぎ、参考にして、それぞれの現場に活用したらいいと思っているのです。

簡単に言うと、まずは、自分に何が起きているかを知ろうとする、その人達自身がそういうことを起こす。それから、その(起きている)ことに対して、いろんな自分なりの対処とか、暮らし方、生き方というものを模索する。また、それを模索しようとすることを起こす。それから、それらのことはいろいろすぐ答えが出るわけではなくて、大変なことも多いわけですけども、ちゃんと意味がある、無駄なことではないという、この3つを押さえておくと、この研究はより促進されるし、生活上のさまざまな課題に人間が直面した時に、その現実を生きやすくなるということなのですね。

たまたまですね、そのような当事者研究をしている中で、アントノフスキーという医療社会学者が、1970年代でしたか、アウシュビッツの強制収容所を生き抜いたユダヤ人300人の方達にインタビューをして、『なぜあなた達はその中を生き抜くことができたんですか?』ということを調査しているのですね。

そしたら、そこから出てきた、何が起きているか、どう対処するか、意味がある、有意味感という構造がまったく同じなのですね。私達が当事者研究でやってきたことと。そういう意味で、人が健康であることの条件の3要素と、私達が当事者研究でやっていることは非常に重なるものが多い。だから、この当事者研究は、みんなの中に浸透しているのかなというふうに、最近改めて思わされているのです。」

アーロン・アントノフスキー(1923–1994):健康のメカニズムを探る研究をして健康生成論を提唱。この仮説は、後の健康政策の立案や疫学調査の尺度としても活用されている。

●当事者研究による治療効果をどのように考えていらっしゃいますか

「まあ、何をもって治療効果とするかということもありますけれど。これは、別に病気を持っている、持っていないに関係なく、例えばある看護師さんが、とにかく仕事中に汗が止まらない。それにすごく困って、汗の研究をしたのですね。そしたら、『汗はけっして私を邪魔しているわけではなくて、どうしても緊張しやすい私を、少しクールダウンさせようとして汗が出てきている』ということが、改めてメカニズム的に分かった。

そして次にやったことは、『自分が、もうちょっとこういうふうなことを上手になりたいと思っている、自分は実はこういうことが苦手でこういうことが緊張しやすいのですよね』という情報を周りに積極的に発信するようになったら、周りのスタッフもものすごくサポーティブになって、チームワークも良くなったという。そしたら、その職場の人がみんな、『いや、私も実はこういう時苦手なんだ』ということで、お互いに助け合いが生まれて、仕事がしやすくなったという話があるのですね。そういうことで働きやすくなったのですけど、汗の量は全然変わっていないのです。

当事者研究をやっている人達も、幻聴が小さくなっているかと言うとそうではない。いわゆる生理的な症状そのものはそんなになくなったり小さくなったりしてはいないのに、『生きやすくなる』という傾向がものすごくある。ですから、症状的には全然改善されていないということで言えば、あまり治療効果的にはないかもしれない。ただ、全体としての生活の質はある(上がる)。そういう傾向はあるのではないかなと思いますね。」

●当事者研究を通して障害や病気とうまくつきあっていくポイントがあれば教えてください

「私達が生活していく中でいろんなことをやっているわけですけども、そういうこと全体を見渡して、自分がどうあるべきか、どう生きるかということを考えるものとして当事者研究は役に立つと、私達は思っているのです。ですから、レジャーも大事だし、勉強も大事だし、何かスポーツをやってもいいし、何をやってもいい。それが全体として、研究的なまなざしで自分を見ていくというのですかね。それが、当事者研究の上手な使い方というふうに思っているのですね。

今までは、例えば統合失調症で言えば、その人が抱えている、いわゆる陽性症状というのですかね。主に幻聴ですとか幻視ですとか、誰かから狙われているような被害的なエピソードは、あまり立ち入らないようにというのが、今までもずっと現場の中で大事にされてきた原則があるわけですね。で、それに立ち入ると、ご本人はそれで調子が悪くなるということが現実に起きていた。そこで、それ(立ち入ること)は慎みましょうということが受け継がれてきたのですね。

ところが、やはり時代が変わってきて、自分に何が起きているかが分からないということ以上に不安なことはない。そういう意味では、自分に何が起きているかを一緒に分かち合いながら、一緒に回復に向けた手立てを考えていくということで二人三脚の感覚ですね。で、そういう苦労の中で、今までは孤立、孤独な状態でいて、説明しにくい、または自分の大変さを分かってもらえる人がなかなか見出せない中で、通じているとか、一緒に歩んでいるのだという、この『一緒の感覚』を当事者研究は生み出しているというか、大事にしているということですかね。

それと、自分なりに、症状そのものはなかなか改善することは難しいけれども、それはそれとして、例えば幻聴がありながらでも、むしろ今の生活をより良く生きていく。今、いろんな友達がいたり話し相手がいることで、仕事もあったり役割を持つことで、声が聞こえるという現実は相対的に小さくなって、むしろ生きやすくなることもある。ですから症状がなくなることだけが、生きやすさにつながるのではないということを、当事者研究が、私達に教えてくれているような気がしますね。」

●家族にとっての当事者研究は?

「家族の方は家族で、ご自分の研究をなさったらいいと思っているのです。

例えばご自分の息子さんや娘さんが、何か急に怒りっぽくなったり、急に不平不満を言ってくる。それに対して、同居されている家族の人も、『そんな言い方はないんじゃないの』とか、『そんなこと言われたら、こっちだって傷つくんだから』みたいな形で、どうしてもぶつかることが多くなるわけですね。そうする時に、自分に何が起きているんだろうということを一緒に研究する、そういう形で家族の関係が折り合いをつけていく。

それから、本当は娘さん息子さんが、口が荒くなったり、ものすごく攻撃的になる時には、仮に声の影響があったり、例えば本当は困りごとがあったのに、それをちゃんと人に相談できていない時に起きる可能性があったりするのですけども、そういうことを、なかなか理解できないままに、一方的にそれを注意してしまう。『家族の中に何が起きているか』ということを、家族の方自身が研究したり、練習したりするということもいいかも知れないなと思っているのです。

実際あったのですけれど。本当に突然怒り出したりとか不機嫌になったりとか、メールで、いろんな方にいろんな、ちょっと厳しい内容のメールを送ってしまったりする方が、家族と話し合って、携帯(電話)を、一時、持つことをやめるという実験をしたのですね。そしたら、すーっと治まったのです。ですから、今はその方と、『携帯(電話)があなたにとってどういう意味を持っていたのか、研究しよう』ということをしているのですけども。

もしかしたら、携帯(電話)を持つことで、人との距離感がなかなか持ちづらくなっていて、自分を保つことが難しくなる。考えてみたら、私もたまに携帯(電話)を忘れて持って歩いていない時は、何か自分がホッとしているような気分になることがあるのですね。解放された気分になっているというか、私が私であるような輪郭、その私の感覚がすごくよみがえる時があるのですね。ですから携帯(電話)というのは、もしかしたら、人との関係、つながりを、何か曖昧にしている可能性があるし、境目を曖昧にしている可能性がある。

それをいったん家族に預けることで、私が私になれる、もしかしたらそういう感覚が起きている可能性もあるのですね。だから1つの携帯(電話)の持ち方にしても家族で話し合って、いろいろ実験を繰りかえしたり、重ねたり、いろいろお互いにアイデアを出し合ったり、『何が起きているんだろうね』と一緒に考えることが、家族のコミュニケーションを促進することにつながるのではないかなと思いますね。」

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