統合失調症と向き合う

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コラム「なぞを追う」夏苅郁子さん 「絵心(えごころ)と歌心(うたごころ)(前編)

母の愛した絵

その、とても高価な藍をふんだんに使った作品がある。

フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』
フェルメール『真珠の耳飾りの少女』

油絵だが、オランダの画家 フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』である。

この絵は『青いターバンの少女』・『ターバンを巻いた少女』とも呼ばれており、その名の通り少女の頭の鮮やかな青いターバンが非常に印象に残る絵である。ちなみにこの青は、西アジア原産のラピスラズリという宝石から作った非常に高価な絵の具を用いたものであると言われている。

母はこの絵が大好きで、絵の巨大なポスターを居間の壁に貼って毎日眺めていた。

モデルの少女は、体は横を向きながら肩越しに顔をこちらに向けようとしている。誰かに気づいて振り返った少女の表情の一瞬をとらえたような、肖像画とは異なる独特の構図をしている。口元にかすかな笑みを称えるかのようにも見えることから「北のモナ・リザ」「オランダのモナ・リザ」とも称される。

少女の大きな目は、母の目によく似ていた。

カーテンを閉め雨戸も閉じた年中うす暗い家の中で、母と2人で暮らす私に大きな目をした異国の少女は強烈な印象を与えた。友人もなく空想癖のあった私にとって、この少女はかけがえのない友人となったが、薄暗がりにボーッと浮かぶその顔に恐怖を覚えることも度々だった。私は今も、人が振り向きざまにこちらを見る視線を、とても怖いと思ってしまう。

怖いと思いながらも、少女のターバンの青色の美しさに感嘆した。大人になってからは藍の贅沢な使い方に嘆息した。さすが、貴族社会の絵である。

母は、なぜこの絵を愛していたのだろうか。

少女の振り返った顔に、母は何を想っていたのだろうか。

帰って来ない夫を待ち、ネズミが走り回る家で青いターバンを巻いた少女を見つめながら母は暮らしていた。だが父の転勤で引っ越すことになり、無残にもこの絵は引越し業者の手で壁からはぎ取られ、ゴミ箱に捨てられた。

母の異変が目に見えて悪化したのは、その後からだった。

少女の絵は、私に悲しい記憶を呼び戻す。