統合失調症と向き合う

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コラム「なぞを追う」夏苅郁子さん 「7つの金貨(後編)

カットマン

「果報は寝て待て」という諺(ことわざ)がある。マシュマロ・テストを持ち出さずとも、たしかに「待てる」力は成功につながるのかもしれない。

話は変わるが、私の次男は小学校から大学まで勉強そっちのけで卓球にはまっていた。私は運動が苦手でスポーツには関心はなかったものの、「母」の出番として試合会場へお弁当を持っていき、声をからして応援してきたので卓球について少しは知識がある。

もともと卓球は、非常にマイナーなスポーツである。道具にお金もかからないので、スポンサーもつきにくい。卓球の世界大会での優勝金額は、テニスやゴルフの百分の一しかない。(十分の一ではありません!)

観戦している側にとっても、たかだか長さ2.74m、幅1.525mしかない台の上をピンポン玉が行き来するのをじっと見ているだけなので、あまりおもしろくない。しかも、体育館の中でカーテンを閉めて行う。陽が当たると白い球が見えにくいからなのだが、太陽の下で汗を流して走り回る野球やサッカーのような、いかにもスポーツといったメジャーと比べると何とも地味である。

そんな卓球の醍醐味は、相手との距離が世界で一番短い球技という点だと私は思っている。

観覧席では分からない微妙な手首の返しが決まり手となる繊細なスポーツであり、そしてなにより地味な忍耐のいるスポーツでもあるのだが、その卓球の技のなかでも最も忍耐がいるのが「カット」である。

日本チャンピオンとなった松下浩二氏は、「カットマン」の代名詞のような人だった。「カット」はボールに下回転を加える打ち方で、これを普通に打ち返すとネットに引っかかってしまいカウントを取られてしまう。守備を得意とする人が、相手のミスを誘う時に使う技で、ちなみに福原愛選手はこのカットを得意とする「カットマン」を苦手としているそうだ。

「カットマン」は、自分の出す技は「カット」一辺倒で相手がミスするまで延々と「カット」を出すだけである。応援していて、私は、これは相当気の長い我慢強い人でないとできない技だと思った。

体勢が不利になれば、焦って違う戦法に変えたくなるのは常人である。それでも延々とカットを打ち続けるのが「勝負強いカットマン」で、相手はそのねちっこさにイライラしだして作戦通りミスをしてしまいカットマンの勝利となる。

「カットマン」は気が長い人に向きそうだが、試合に参加する子ども達を観察していると一番気が短かそうな子がカットマンだったりする。普段の生活では「待てない」子も、大好きな卓球の勝利を餌にすると立派に「待てる」子になり得る姿を見ていると、人が変わるには「ちょっとしたコツ」が必要なのかもしれないと思った。

わが子も、卓球のお陰で随分我慢できるようになった。母のお陰ではない。

お金持ちになるのも自分の性格を変えるのも、歯を食いしばっての奮闘努力だけでは上手くいかない。何かコツがいるのだろう。

それを宝探しのように見つけ出していくのが、生きる妙味なのかもしれない。