統合失調症と向き合う

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コラム「なぞを追う」夏苅郁子さん 「「氏より育ち」か「血は争えぬ」か……(前編)

遺伝カウンセリング

わが子に好ましくない出来事が起きた時、夫婦げんかでよく出てくる文句に「この子の良い所は私の血筋、悪い所はあなたの血筋」というのがあるそうだが、考えてみれば勝手なものである。

「遺伝」という言葉は難しいが、実は日常のいろいろな場面で私達に影響しているように思う。

外来で、精神疾患を持つ若い女性の患者さんからよく聞かれるのが「私は、結婚できますか?」という質問だ。

「結婚できるほど、回復できるか?」「病気が治らなくても、結婚できるか?」という意味から、「結婚して、子どもを産んでも大丈夫か?」という質問へ発展する。「私が病気だから、子どもも病気になるのでは?」という不安もある。薬を飲んでいることも、心理的な負担になっている。

「精神疾患は糖尿病や高血圧と同じ多因子遺伝で、遺伝だけで起こるのではなく生活様式や外部環境の関与がかなり大きいです」とお答えするものの、どれくらいの確率で病気にならないか?と問われると、お手上げになってしまう。

私たちが、普段何げなく使っている「遺伝」とは、何なのだろう。

遺伝カウンセリングを専門にされている名古屋大学の尾崎紀夫先生から、おもしろいお話を伺った。「シマウマの模様に関する仮説」という話だ。

動物園の人によると、遠足に来た子ども達から聞かれる質問の中で「シマウマには、なぜ縞があるのか?」はトップだそうだ。

ダーウィンの進化論では、生き残るために草食動物は肉食動物に見つからないように、背景に紛れるような色が多い。例えば、野生の馬は茶色が一般的である。

一部には、あの縞は「目くらまし」の効果がある、と言われている。

一匹一匹ではものすごく目立ってしまうが、群れでいると一匹と横の一匹との境が縞のために分からなくなり、シマウマの群れはそれ全体が大きなモンスターのように見え、肉食獣を怯えさせる、という仮説である。

でも考えてみれば、いくらライオンだって何回もシマウマの群れを見ていればそんなに騙されないような気がするが……。

ダーウィンの進化論では、その特徴が生存に有利であれば伝承されるというが、あのような目立った縞がサバンナで有利とはとても思えない。

ほぼ一生泥の中に埋まって生きている貝の中にも、手の込んだ模様を持つ種類がいる。せっかく奇抜な衣装をまとっても、ほとんど泥で隠れてしまうのに、なぜそうした外観になったのか?

遺伝学による仮説は、『茶色などの均一の色合いを保つ遺伝子に少しの変化がおきて、それが縞になる。シマウマは進化の過程で縞を持ったのではなく、均一な色を失ったに過ぎない。その後、縞は生存にそれほど不利ではなかったので(有利でもないが)、今まで残っている。』というものだ。

な〜んだ!たまたまの偶然だったんだ!
(シマウマについて、より詳しく知りたい方は下記のサイトを参照ください)
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/skondo/saibokogaku/enigma%20of%20zebra.html

遺伝学的に言うと「世代間の変化は、生存に適しているか否かではなく、起こりやすさで生じる」ということだそうだ。

ある家族会の方が「精神疾患が遺伝だとすると、今日本では、統合失調症の人が結婚して子どもを産むケースは少ないはずで、遺伝子を持った人が伝わるケース自体が少なくなっていくはずなのに、どうして患者の数は変わらないのか?」という質問があったが、これも親が精神疾患だから子どももなる、のではなく、逆に親が精神疾患でなくても子どもが病気になることもあるという実態に、よく説明ができると思う。

遺伝学の先生から、物理学と生物学の本質的な違いは、物理学は「根本原理が決定論的」(確実)なのに対して、生物学は「根本原理が非決定論」(不確実)と聞いた。2人の世界の偉人の言葉、アインシュタイン「神はサイコロを振り給わず」、メンデル「生物の世界は絶えずサイコロが振られている」には、なるほどと思った。

「氏より育ち」「血は争えぬ」、どっちか一つではないのですね。

こう考えると、我が国の「優生保護法」がいかに悪法だったかが分かる。この法律が1996年まで存在していたことに驚きと、世界への恥を感じる。