統合失調症と向き合う

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コラム「なぞを追う」夏苅郁子さん 「才能は、天下の回りもの?(前編)」

必要は、最高の説得力

彼は、開発のキーパーソンを現地の主婦達に的を絞りました。未開発の地域は古い因習があり、「長」がつく人から説得していくと、どこかで頓挫することが多いのです。

彼はそういった「長」のつく人達には目もくれず、主婦達に現実的に「電気や水道があれば、毎日、水汲みや薪運びをしなくて済むこと。子ども達が病気になった時に、助けられる手段が得られること」を伝え、電気や水道の開発を手伝ってほしいと説得しました。

そして彼は、小型のソーラーパネルを使って電気を作る技術を「主婦達」に教えたのです。主婦達に、大学を出た人など1人もいませんでしたが、パネルの組み立てさえ覚えれば、専門知識は必要ないのです。彼女達は、タバコをふかして議論ばかりして、実際には水汲み1つ手伝わない夫どもを尻目に、せっせと教えられたとおりにソーラーパネルを組立て、それで煮炊きができ、井戸から容易に水を得られることに大喜びしました。

こうなると、もう宣伝も啓発もいりません。電気もネットもない地域でしたが、彼女達の「噂話」は携帯電話を超える速さで地域を駆け巡りました。「良い暮らしをしたい」という人々の思いは、説得されて仕方なく動く「仕事」とはまったく勢いが違ったのです。

ソーラーパネルの数はおびただしいものとなり、やがて国の大企業も注目し始め、彼のもとには協力を申し出る人が続々と出てくるようになりました。

私は彼のプレゼンを、30分間、微動だにせず聞き入りました。会場にいた人達も同じでした。「信念」を持つこと、それも「本物の信念」を持つことがどんなに力を持つかを思い知りました。

しかし、この素晴らしいプレゼンの中で、私にはどうしても理解できないことがありました。

「王子様の次くらいに身分が高く、容姿にも恵まれ頭もいい人」が、なぜこういう道を選んだのか?という疑問です。彼は、親に恨まれようが罵倒されようが動じない、強い信念を持って動き続けました。

私個人の経験では、人が超人的な「頑張り」をするのは、何らかの負のエネルギー(悔しさ、屈辱感、劣等感、恨み、妬み)を担保にして、上に登っていくと思っていました。私自身、負の経験が大きなエネルギーになっていたと思います。もし、何不自由なく育っていたなら、医師にはなっていなかったように思うのです。

苦労なく育った人達の中には、恵まれた環境を普通だと思い、文句ばかり言って感謝さえしない人がいるのを見てきました。

診療所を開いていると、重症の精神疾患の方より軽症の「悩み」の方が多く来院されます。姑がうるさい、子どもが言うことを聞かない、夫が優しくない、夫の給料が安い、職場に気が合わない人がいるなど等、悩みはさまざまです。

ご本人は非常に辛く、イライラして不眠や過食、神経性の胃炎や耳鳴り・めまいなどを呈しているのですが、性格的な影響が多分にあり、この人はどこへ行っても文句が多いだろうな、と考えてしまいます。もし、もっとたいへんな状況からスタートしたなら、今の置かれている状況はすごくハッピーに見えるのではないか、と思いますが、生き直してみることもできないので、やはり本人はとても辛いのだろうと思います。

診療では、ご本人の辛さを辛抱強く聞き(これは、かなりの忍耐が必要です)、ネガティブな感情が少し収まってきたところで「このように考えてみては?」と、周囲ではなくご本人を変える提案をしていきます。

理論的にはこうですが、言うは易し、行うは難しです。