統合失調症と向き合う

体験者の声 医療者・支援者の声 家族の声 イベント おしらせ

コラム「なぞを追う」夏苅郁子さん 「時間を超えて、歴史に遊ぶ(前編)」

歴史の楽しさ

母の蔵書には硬派の本はほとんどなく、川端康成・三島由紀夫・永井荷風、そして源氏物語……など、いわゆる軟派・耽美(たんぴ)的な本ばかりだった。

こういったジャンルの本は、「よし!これから、人生を真面目に生きて頑張ろう!」という人には不向きで、人生の応援歌にはまったくならない。

むしろ、人生に失敗した人や世の中の片隅に潜んでいる人・人の道に逸れた理不尽・不道徳な生き方をこれでもかとばかり描いている。

母がどうしてこういったジャンルの本が好きだったのか、今もって分からないが、母の遺した句集にはこうした本の影響も垣間見える。

三島由紀夫が自衛隊で割腹自殺をした事件に母はひどく衝撃を受け、長い間塞ぎこんでいたことを憶えている。

小学生時代にこのような本を読み漁ったことは、今の私の「芯があるようでなく、ないようである」ヘナヘナした人格形成に影響しているように思う。

話は変わるが、私の化粧品はすべて通販である。これも、実は歴史が絡んでいる。

この化粧品が気に入っているからではなく、毎月送られてくる化粧品におまけでついてくる「歴史小話」の冊子がお目当てなのだ。

本屋に並ぶような立派な本ではなく、箱の底におまけとして入っている数枚の冊子に描かれた人物との出会いは、意外性と必然性が秘められているようで、毎月ワクワクしながら箱を開けている。

次はどんな人物と出会えるのかと、化粧はそっちのけでおまけのほうを楽しみにしている。

この冊子の主人公たちは、化粧品のおまけだからなのか女性が多い。

たとえば、幕末の医師シーボルトの娘イネが生んだ、私生児の「楠本高子」。

父と同じく医業を志したイネが、師匠から半ば強姦に近い形で関係を持たされ、生まれたのが高子だった。師匠は妻子持ちだった。イネはこの事実を受け入れがたく、当初その子の名前を「ただ、天が自分に授けた子」として「ただ子」と名付けたと言う。

こんな出自もあるのかと、私はしみじみ考えた。

「高子」と改名されたイネの娘は、残酷にも母と同じ運命を辿る。

医師の夫と結婚するが夫が早世し、夫の師匠であった人物の手籠めにされ望まぬ子を産む。

しかし、その男子はのちに医師となっている。イネや高子の周りの男達はどうもとんでもない男ばかりだったようだが、シーボルトの血筋はしっかり受け継がれたのだろうか。

歴史の陰に、ひっそりと生きたこんな人生もあったのかと思うと、自分の人生も自分から始まったのではなく、自分さえ知らなかったたくさんの人の人生と時間の重なり合いから生まれてきたのだと、考えるようになった。

そう思うと、年を取ったせいもあるのか、ご先祖様に愛着を覚え感謝する気になってきた。