「23年の研究歴の中で、前半の10年以上が、ほとんど遺伝子研究でした。統合失調症には、ある程度の遺伝性があるということは言われていたので、遺伝子を見つければ原因が解明できるだろうということがあったのです。
1991年から遺伝子研究を始めました。ところが、技術革新によって、個別の遺伝子を調べていた時から、網羅的に50万の遺伝子をいっぺんに調べるなどということができるような時代になり、最近は次世代シークエンサー(解析機器)といって、人のDNAを全部高速で2週間ぐらいで読んでしまうのですね。そういう時代にもなりました。
でも、やっぱり分からないのです。もちろんそれらしい候補遺伝子はいくつも出てきていますが、それだけで、病気のメカニズムがクリアに説明できるかというと、できないのですね。
10年ほど遺伝子屋として頑張ってきた中に、たまたま、私の研究室には医者は私しかいないものですから、理学部、理工学部を出たいろんな若い研究員達が、彼らの発想で『こういうことをやりたい』と言ってくるのです。ちょっと臨床現場を知っている人間からは、『そんな研究をして本当に統合失調症が解るかなあ』と思うようなことも言ってくるのですが、『いや、精神科医が100年かかって解明できなかったのだから、むしろそういう臨床を知らない理工系の人のアイデアが、意外と何かを見つけるかもしれない』と思って、ある研究員がやりたいと言った遺伝子を調べたところ、家族性の患者さんのDNAから非常に珍しい遺伝子の変化が見つかって、それによってある酵素(GLO1)の活性がまったく無くなってしまうという、たった1人の患者さんがいたのです。
その酵素(GLO1)の活性が無くなるために、本来その酵素が分解するはずであった毒性物質(終末糖化酸物;AGEs)が、血液中に高い濃度で認められて、その患者さん1人でたまたま起きていたことなのかということも調べたところ、統合失調症のだいたい2割から4割ぐらいで同じような毒性物質が見つかったのです。
実はそれを特殊なビタミン(ビタミンB6の一種ピリドキサミン:未承認薬)のようなもので分解できるということが分かったので、それを医師主導治験という形で、実際にその毒性物質が高い患者さんに投与して分解するという臨床試験までやったというのですね。
ですから、最近、ここ数年は、遺伝子よりはそういう生化学的な、代謝性の物質に注目して統合失調症が解明できないかなというほうにシフトしてきたというところです。」
「25年前に医者になったのですが、今の若い人達は、いろんな病気に興味があるでしょうけれども、25年前の精神科医というのは、やはり統合失調症を解明するというのは1つの使命だと考えているところはありました。
それから、たぶん無意識に、でしょうけれど、母のことがあったのではないかなと思います。特に母が亡くなった時には、やはり統合失調症を解明することでしか母にお詫びはできないと思っているようなところはありました。
ただ、研究を始めた当初は、まだそういうことは考えてはいませんで、当時は精神科医だったら統合失調症をなんとかしようという、いちばん比重が重い疾患だったということがあります。」
「そうですね。いわゆるバイオマーカー(客観的に測定され評価される特性)がないので、レントゲンを撮ったり血液を採って診断が下せないのですよね。要するに精神症状だけで疾患区分をしているので、ほんとうに1つの原因であるという確証がないわけですね。
そうすると、いろんな遺伝子が関わっているので、被験者の背景が、おそらく均一ではない可能性があります。そこが、『こういう物質の高い人を集めてきて調べたらこの遺伝子がこうだった』というバイオマーカーのある研究に比べると、非常に難攻不落というか、難しいところがあると思います。」