統合失調症と向き合う

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コラム「なぞを追う」夏苅郁子さん 「三途の川を渡る」ということ(前編)

母の死

そんな人生を送った母は、78歳で亡くなりました。孤独死でした。誰一人看取る人もなく、独り暮らしの自宅で倒れ、通いのヘルパーさんが見つけたのは翌日でした。母は北海道、私は静岡と別々に住んでいたので、母自身「お母さんは、孤独死すると思う」と常々言っており、覚悟の上の死だったと思います。

母も私も一人っ子でもともと親戚が少ないうえに、母は人づき合いが極端に嫌いな人でしたので、母のお葬式に訪れる人はほんの少しでした。

あまりにも寂しいお葬式で、「私一人で、母の骨を拾うんだろうか」と火葬場でぼんやり考えていたら、思いがけず、私が幼い頃、私を数年間預かってくれた伯母が、参列してくれました。82歳になっていた伯母は「お母さんは、一人が好きな人だったからねえ」と言いながら、一緒に母の骨を拾ってくれました。

後に母の世話をしてくれていたヘルパーさんから、死の1週間前に病院を受診し「いつ、どうなるか分かりませんよ」と医師から入院を勧められていたそうですが、母は拒否したそうです。

鎮痛剤や鎮静剤の点滴もなく、たった一人で三途の川を渡り切った母を、私は母らしいと思いました。

私が子どもの頃に自殺未遂をした時の母の、不思議な笑いを今でも思い出します。母の第四句集は『なぞを追う』というタイトルです。

句集の帯には「私の哲学の世界は、永遠に解けないなぞに満ちております。そのなぞ解きに全てを賭ける私も、存在としてのただ一個のかけらにすぎません。」とあります。

今、天空を翔けている母には、なぞは解けたのだろうか、と想像します。

そして、なぞを追い続けることが精神の病に繋がってしまったのであれば、「心を病む」とは単に病気や障害と言い切ってしまって良いのか、と考えてしまいます。