コラム「なぞを追う」夏苅郁子さん 「時間を超えて、歴史に遊ぶ(後編)」
井上陽水
先日、夫婦で井上陽水のコンサートへ出かけてきた。
私達夫婦は、夫は慎重派で理系タイプ・私はせっかち派で文系タイプ、食べ物の好みも夫は美食家・私は植物みたいに光合成ができたらいいなぁ、と想像するほど食べることに興味がなく、正反対の面が多いが、音楽だけは一緒に楽しめる。
ほぼ同世代のため、青春時代のお気に入りの歌は、共に口ずさめるほどピッタリ一致する。
陽水は、私達よりちょっと上の団塊の世代であるが、そのパワーには驚嘆した。
2時間のコンサートを休憩なしで、汗びっしょりで1人で歌いまくっていた。プロってすごい、さすが全国区のアーチィストだと感心する。
今、中森明菜さんなどの昭和のアイドルが見直されているそうだ。
現在のような「口パク」が考えられない時代にアイドルとなり、掛け値なしで自分の喉で歌い踊ってきたアイドルの映像が、今の時代には非常に新鮮に見えるらしく、リリースしたCDが売れている。
コンサートでもう一つ驚いたのは、満員の客席が見事に同年代のカップルだったことだ。コンサート開始前の女子トイレは長蛇の列ができたが、彼女達はそれぞれの相方に「おとうさ〜ん!先に席に座ってて!私、あとで行くから〜」と叫んでいる。その視線の先を見ると、これまた同じような年恰好のおじさん達が並んでいる。
もちろん、私もトイレの行列の一員で、夫に「あなたぁ〜、先に席で待ってて!」と叫んでいた。
トイレで待っている間に聞いた彼女達の会話が、これまた逞しい。
「ねぇ、待っている間にコンサート始まったら、途中で入れないんでしょ?そしたら1曲、損するじゃないのよ!前の人、早くして〜!」……。
コンサートが始まり、40年前に良く聞いた陽水の唄に聞きほれた。
聞きほれつつも、私は陽水だけではなく観客に「よくぞ皆さん、ここまで頑張って辿り着きましたねぇ」と、手を取ってお互いたたえ合いたい気分になった。
この会場に夫婦で来るということは、ここまで離婚もせずそして二人とも健康だったということである。きっといろいろあっただろうけれど、とりあえずは夫婦として存在し続けたんだ。そう思うと、これは双方の忍耐はもちろんだが、幸運にも恵まれたのだと感謝した。
少々お腹が出て、髪の毛がかなり薄くなった陽水も観客も、時空を超えて青春に戻った2時間だった。
「ゾウの時間、ネズミの時間」では、生物学的な人間の寿命は26.3歳と計算されている。
それではこのコンサートに来た人達は、生物学的な使命は果たして、「おまけの時間」を生きていることになる。
「おまけの時間」を大切に、夫婦で労わりあいながら楽しんでいる同世代に、心からの尊敬と応援をしたくなった。
陽水さん、何歳まで歌ってくれるかな?
80歳になった陽水さんのコンサート、楽しみに待っていよう!もちろん、聞きに行きますからね!
でもその時の時間感覚は80分の1になっているから、コンサートはあっという間に終わってしまいそうである。