がんと向き合う

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星野史雄 さん
(ほしの・ふみお)
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東京家政大学非常勤講師。1997年、妻が乳がんで亡くなったことをきっかけに闘病記を集め始め、翌年、闘病記専門古書店「パラメディカ」を開店。2010年7月、直腸がん(ステージ4)+肝転移が見つかり、8月に手術。大腸がんの闘病記を過去に100冊以上読んでいた知識が、自身の闘病にも役に立っている。共同編著に『がん闘病記読書案内』。自らの闘病体験を記した『闘病記専門書店の店主が、がんになって考えたこと』が2012年9月、産経新聞出版より発売された。
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1はじめの症状

「今年の6月の末に、腹痛でトイレにしばらくこもるという事件がありました。そのときは痛くて苦しいのでたいへんでした。『ひとり暮らしだと、救急車を呼ぶにしても電話のところまで辿り着かなければ呼べないな。これで意識を失ってトイレの中で倒れればそれまでだな』と思いました。

ところが翌日になるとなんでもないので、もうころっと忘れて、いつものとおり外出していました。しばらくはなんともなかったのですが、うちのトイレで立ち上がったら、便がイチゴジャムみたいなので、『これは何かまずいな』と思いました。それまでは異常はほとんどなかったです。丁寧に考えれば若干便が細くなっていたのかなとも思いますが、よく見なかったですし。」

●近くのクリニックに行く

「いちばん最初、出血性の腸炎ではないかとお医者さんは疑ったらしいのです。便を調べるなどいろいろして、ともかく『直腸の内視鏡をやろう』ということで、2日後に内視鏡の検査を受けて、そこで『これは大腸がんだな』と私も気がついたというのが発端です。

横になってモニターを見てはじめは『えー、僕の直腸ってこんな感じなんだ』と思って見ていると、いろいろしゃべっていたドクターと看護師さんが、急に黙っちゃたのです。それで『これはまずいな』というのと、横になりながら見ていた画面が、スプラッターではないですが、だんだん血まみれの壁面が映ってきたので、『あ、こりゃまずい』と思いました。それで内視鏡検査はすぐに終わってしまいました。はじめはなぜそんなにすぐに終わったのかわからなかったのですが、『カメラを無理やり押し込むと出血して危ない』ということで、途中で検査をやめたのですね。

(その後)診察室に入って、お医者さんが画像をシャーカステンに貼って話をしてくれました。『画像ご覧になってわかるとおり、細胞の顔つきが悪い』というような言い方をしまして、『うちでは対処できないので紹介状を書きますが、A病院とB病院とどちらがよいですか』と言われました。僕は、A病院は知り合いが入院していろいろ事情を知っていたので、『A病院をお願いします』と言い、『では、すぐに書きますから』とその場で紹介状書いてくれて、それを持っていきました。

その内視鏡検査の2日前に血液検査をしたのですが、その血液検査の一覧を見たときがいちばんショックでした。そこの肝機能のところにダッシュが2個ついているのです。僕は大腸がんの闘病記はざっと100冊ぐらい読んでいたので、『肝臓に転移しているのかな。(そうだとしたら)相当予後が悪い』とそこで察知したのです。」

●紹介先の病院に行く

「それで大きな病院に行くと、副院長がたまたま外来の担当医師でした。撮った写真を見ながら、お互いに大腸がんだということは言わなくてもわかっているので、僕は『大腸がんというと肝転移ですよね』と言うと、副院長が『他の臓器からの転移よりは、まだ対処の仕方があるから』という言い方をしたのです。それで『これは肝転移しているな』ということがわかりました。

内視鏡検査で細胞を取ったのですが、その検査の結果も出てこないし、CTもMRIもエコーもまだしていない段階で、だいたい“直腸がんで肝臓に転移している”ということを、入院する前からなんとなくうすうす気がついてしまったということです。ですからもう覚悟を決めて、『いろいろ考えても仕様がない』ということで入院しました。」