統合失調症と向き合う

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コラム「なぞを追う」夏苅郁子さん 「絵心(えごころ)と歌心(うたごころ)(前編)

「水絵」の潔さと、儚さ

私は、正式に絵を習ったことがないので、描いていたのはいわゆる「お絵かき」の範疇になる水彩画である。もし、絵画教室へ通わせてもらっていたら、油絵を描く機会もありその良さも分かるようになったかなとは思うが、私はやはり今も水彩画が大好きだ。

水彩画をやっている人は「水絵(みずえ)」と呼んでいるが、その名の通り、水を含んだだけの絵の具には透明感があり、そしてやり直しのきかない一発勝負の緊張感がある。真っ白な画用紙に色を置く時の潔さ、特にコバルトブルーの青を置く時はとても神聖な気持ちになる。

有島武郎の名作に『一房の葡萄』という小品がある。

横浜にある山の手の学校に通う主人公は、絵を描くのが好きな気の小さい少年だった。彼は海岸沿いの美しい風景が大好きで、よく絵に描いていたが、海の藍色と白い帆前船に塗ってある洋紅色だけは、いくら描いても彼の持っている絵の具では本物のようにはならない。

2歳年上のジムという西洋人の少年が持っていた絵の具は素晴らしく、とりわけ藍と洋紅は驚くほど美しいもので、彼より絵がずっと下手なジムでさえ、その絵の具を使うと本物のように見え、彼は羨ましくて悔しくてたまらなかった。

彼は、とうとうジムの絵の具箱から藍と洋紅を盗んでしまう。……

この物語の続きを知りたい方は、ぜひ作品を読んでいただきたいが、私には主人公の気持ちが切ないほどよく分かった。

小学校の頃、絵の具はたいていコンクールで入賞した副賞で間に合わせたが、子ども用の絵の具箱にはコバルトブルーは高価すぎて入っていなかった。

大人になり、自分で働いてお金をもらうようになり、絵の教室に通い始めた私は早速、憧れのコバルトブルーを買った。

初めて、白い画用紙に藍の一点を落とした時の気持ちは、やはり「神聖」という言葉が一番合うような気がする。