「水中毒の問題はとても古い問題で、これはよく抗精神病薬と関連して議論されるのですが、実は抗精神病薬が出現する以前から、精神科の患者さんに水の飲みすぎがあることが古くから知られていたのです。これは、なぜ分かるかというと、古い言葉に“ポトマニー”という言葉があるのですけど、これはフランス語で、“水飲狂”と言われている、水を飲みすぎる人達がいると。同時に、その当時あった言葉で、 “ディプソマニー 渇酒狂”、つまり酒を渇望する人達、これはアルコール中毒の方ですよね。
昔から“心因性多飲”という問題が、おしっこがたくさん出る場合の鑑別診断として重要とされたし、お医者さんでも必ずそういう勉強をするのですけれども、そういう心因性多飲が起こる大きな背景に、精神的な病気があったのではないかということが言われております。ただこの問題が、抗精神病薬が出現してから、より頻度が高まってきて、重大化したということも間違いない事実であろうかなと思いますね。
多飲水の問題は、非常に幅の広い問題でして、おそらく患者さんの2割から3割ぐらいの方にいるのではないかと思うのですよね。もちろん重症の人から、多少飲みすぎる方までいろいろいるのですけども、これは検査をしてみないとなかなか分からないということもありますね。検査をしてみると、尿がたいへん薄いとか、場合によったら血液のいくつかのデータに異常があるということで気がつくことがあります。
家族が見ていて、明らかに自分の息子が、『こんなに水を飲んで大丈夫なのか』とか、1日中水を飲んでいるとか、ペットボトルの水、いろんな飲料を何本も何本も飲んでしまうとか、そういうことに気づかれて心配をされている方もよくいらっしゃいますよね。
それから、中には、病状が悪くなると突然ものすごい量の水を飲むという場合もあるのです。ですから、症状が悪化した時にこの多飲水を併発してきて、それで物事をさらに悪化させるということがあることも知られていますね。」
「一番簡単な方法としては、体重を1日に何回か測ってみると分かりますね。毎日毎日計ってみると、体重が急激に何kgも変化するというのは、明らかにおかしいのですよね。もちろん1kgとか2kgとか変わることはあるかもしれませんが、5kgも6kgも、場合によったら7kgも8kgも変化するというのは明らかにおかしいのです。そういう場合は、多くにものすごい量の水を飲んでいる。 水はもちろん1ℓ飲んだら1kgですから、5kg変化している時は5ℓ飲んでいるということになります。」
「人間は、水がある程度のもの(量)まではおしっこで体から排泄できるのですけど、それ以上水を飲みますと、排泄しきれなくなります。そうするとどうなるかというと、体液が薄まってくるのですよね。つまり血液が薄まってくる。血液が薄まってくるとどうなるかというと、脳が要するに浮腫(むく)んでくる。脳の浮腫(ふしゅ)が起こってくると、最初のうちはどうもイライラしたり、気分が悪いなどが始まって、そのうちに体がふらふらしたり、意識朦朧(もうろう)としたり、ひどくなればけいれんが起きて意識がなくなります。
これが“水中毒発作”と言われているもので、これがそのまま続いてしまうと、何日も昏睡(こんすい)状態になったり、中には亡くなってしまうこともある。あるいはそういう中でたいへん危険なのは、水を大量に飲んでいて、意識レベルが悪くなっている中で吐くんですよね。その吐いたものが気道に詰まって、そこで要するに呼吸ができなくなって亡くなるということもあると思います。
だから、水中毒というのは、軽い場合は意識が朦朧(もうろう)とするまでいかないにしても、どうも機嫌が悪いとか、もちろんおしっこをすごくするとか、中には時々吐くとか…。気をつけなければいけないのは、胃腸の症状が悪いということが、よくありますね。そういうことで、なんとなく軽い症状が出たり出なかったりしていてある時に突然、水中毒の発作が起きてくることもよく知られていますから、とても気をつけなければならないですね。そういう場合は、やはり早く相談をして、ご本人に自分がそういう状態だということに気がついてもらう必要があります。
水を飲みすぎる原因というのは、人それぞれさまざまですけども、よく分からない方もあるのですが、やはりその人に合った適切な水の飲み方というのを覚えてもらう以外ないのですね。だけども臨床の現場では、この多飲水の問題が、治療抵抗性の重症の精神病症状としばしば併発していて、長期入院している人に水中毒が起きて、長期の間保護室に隔離されているとか、しょっちゅう保護室に入れなければいけないという問題が起きてきて、患者さんご自身もたいへんだし、病院もとてもたいへんだし、家族も心配していることが少なくありませんね。」
「重症の水中毒あるいは多飲水の問題で、精神病症状が悪いというのが、今、長期在院の中での隠れている重大な問題の1つだと思います。この問題に関しては、私どもで長いこと取り組んでいて、いろんな対策の方法は、本(『多飲症・水中毒−ケアと治療の新機軸、2010年』)にしたりして出しているのですけれども、1つの方法ではないですよね。患者さんにいろんなことを分かってもらうこともあるし、もちろんいろんなリハビリをすることも重要です。
要するに患者さんの自己コントロール能力をどうやって復活させるかということが大切なのですが、もう1つは薬物の調節も重要です。その中でクロザピン(商品名:クロザリル)が、やはりこの多飲水問題に関して、ある程度の効果がある可能性のある薬ですね。重症の統合失調症で水の飲みすぎがある場合は、選択肢の1つになるべき治療法であるだろうなと思いますね。」