「精神科医としてだけを切り取ってしまうと難しいので、まず人間としては、今となっては、いい影響を与えたと思います。でも、前にも言ったように、塀の上のこっちかこっちかだったので、手助けがなければ、人間としてもすごく厳しかったかなと思うんですね。いろんなハンディを乗り越えられなかったかなと思います。なので、乗り越えられたから言えるんじゃないかと言われたらそれまでなのですが、人の助けの大切さというのは、すごくよく分かるようになりました。
精神科医としては、患者さんだけを診ていてもだめだということが分かるようになりました。というのは、母の症状は、私とリンクしていたんですね。私が拒絶をすると、母は悪くなったんです。だから10年間、私が母から電話がきたらガチャっと切っていたことはいかに母を悪くしていたか。それは、すごく反省します。
行き来するようになったら、波はありましたけれども、はるかに良くなったんです。だから、ここに座って診療していて、どうしても私達は、当事者の患者さんだけの薬とかね…。でも、家族との関係というのがものすごく症状に影響するということを、自分の経験を通してすごくリアルに分かるようになったので、できるだけ家族の方と会います。
あと、結婚されている患者さんが子どもをよく連れて来ていたのを私は知っていながら、そこ(待合椅子)で(子どもを)待たせていたんですけど、当事者さんの同意があれば、お子さんに会わせてくださいと言っています。やっぱり、家族全体の病理だと思うんですよね。関係が非常にやられる病気ですから、家族の中に(患者さんが)一人出れば、やっぱり家族全体の病理になるので、家族全体を治していくという気持ちを持たなければいけないなという(分かった)のが、精神科医として大きな経験だと思います。」
「まず患者さんとの信頼関係だと思います、その中で。『お子さんに会わしてください』というと、すごく警戒されます。というのは、患者さんも、実はわが子が病気になったらと思うわけですよ。だから『子どもまでカルテ作るのか』ということになる。なので、患者さんがぽろッと、子育てするとイライラするとか、お弁当が作れないとか、学校の中でただ一人うちの子はお弁当を持って行かないとか、そういうところから入っていきます。『じゃあ、寂しいかもしれないね』とか。私の話もします。ごはんにチーズだったんだよと。私、そのあたりの気持ちを聞けるかもしれないからという感じで会わせてもらっています。
だから急ぐのはだめです。『子どもまで診る気か』というふうに(なり)、その気持ちはとても分かるんですね。まるであら探しをされるようになる(思われる)ので。だからあくまでも、子どもさんを診たいというよりは、患者さんの子育ての悩みの延長でお会いするというのがいいのかなと思います。」
「そうですね、今、私がグループで関わっている方達は、既に大人になっている方達なんですね。それでもトラウマを抱えて、まともに育っていないとか、大人になっても親との(関係が)すっきりしないとかを抱えていらっしゃるんですが、やっぱり子ども達のことが気になります。できるだけ会うようにしていますけど、全国にたくさんいるんですよ。
やっぱり子ども達に、こういうことがつながってほしいなあと。だから学校の先生とかね。トラウマを治すのはすごく大変なことです。そのトラウマを受けた時期の3倍も4倍も5倍も時間がかかるんですよ。だから、そうなる前に、できることだったら、子ども達に、おそらく見ているのは大人だと思うので、子ども達に伝える手段をもうちょっといろいろ探していきたいなあとは思っているので、もしみなさん、なにかあれば、いろんな伝手(つて)を教えていただきたいなと思います。」
「そうですね、私達は、診療所ですので敷居が低くなったなという気はします。ただ、日本の精神(科)病院は、民間がほとんどですからね、今もって精神(科)病院の敷居は高いと思います。だから、そこはかかりたくないという方が多いので…。
クリニックレベルでは発達障害とか、それから、うちは玄関に船の遊具などを置いているんですけど、かかりやすい環境という意味では、ある意味敷居は低くなっている一方で、旧態依然としているところもあります。うつ病の人などはすごく敷居が低くなってかかりやすくなっているんですが、例えば入院の必要な統合失調症の方について、はっきり言って母の時代とあまり変わっていない面もあるのはとても残念です。収容入院とか、そういう事態になっている例もありますので…。」