「そうですね、辛かったのはほんとに、薬も飲まないで、何の医療にもかかれないで、その歯学の学生の初発の入院の前がたぶん自分の中ではすごく不安も大きかったし、危うかった時期だと思うのです。だから逆に、その医療の枠組みの中に一応何とか入ることができて、薬を飲んだりしながらですけれどもなんとか過ごしていられるのはまだいいほうで、それにもならずに、フラフラしていた時がいちばん怖かったですね。やはりなんというか。
自分の症状だとちょっと違うかもしれませんけど、よく統合失調症の方で、幻聴が聞こえるとか、何か見えるとかという方もいらっしゃるのですけど、自分の場合も、自分ではない者から何か声をかけられているような。聞く音ではないのですけれど、何か思いつくとか。で、何か分からないから、ノートに書いていたりしたのですけれども。それで何か妙な不思議な感覚に襲われることが何度もあって。それが何かは今でも分からないですけれど、それはまあ、今、少なからず、無くなったというか減っているので、それだけでも結構落ち着きますね。」
「それは何かの資料だという人もいるのですけれど、かなりいろんなことを書いていたのですけれどね。
何かの時に、自分の考えを日記みたいに書いてみたり。だからある時、自分の、ほんとに変だった時は自分の手と足の表面が、何かぶずぶずになってきて、何かは分からないのですけれど、そんなことがあったのですよ。それで、その様子を何か変だなと思って書いていたこともあるのですけど、ノートに。どうもおかしいと思って、『こんなになったぞ』と、一応書いていたこともありますね。
まあ、今、一応普通に戻っているので、あれなんですけど。何か結構不思議な体験をしました。どこまでが妄想なのかちょっと分からないぐらいの範疇で。なにぶん一人でいたのも結構大きかったから、その当時は経験を分かち合える人がいなかったものですからね。」
「まあそれは、病気のことを自分なりに受け止めていくという作業が、ある意味、治療の中でもかなり大きいと思うのですよね。自分はこういう状態というか、病気の状態を持っていて、こういう生活になっているということを、まあまあ、自分自身が受け止め切れれば、ま、半分ほど治っているようなものだと思うのですよね。たぶんね。
なんというか他のことを置いといても、それは、やはり時間が解決するものだと思うのですよね。結構。時間と経験というか……。そうやって実際いくら『そういうものや』と人から聞かされても、それってその人によってみないと分からないので、1年・2年ではなかなか分からなかったですね、やはり。これね。
病気してから10年そこらぐらい経ってみて、『ああ、こんなもんなのかなぁ』と少し思ってきて。で、そこらへんからやっと、それならそれでまた過ごし方もあるかみたいなちょっと切替えができるようになったかなと思うのです。」
「今現在というか、まあそういった病気の境遇の中にいる中では、やはり仲間というか、同じような立場にいる、まあ知り合いというのかな、そういう人達とのやりとりは結構支えになっていますね。まあ、もちろん、支援してくれる職員さんとか、先生、作業所の支援者の方はもちろんですけれど、同じような立場を経験している仲間とやりとりしている普段の日常というのは、結構支えになりますね。」