「そのあと、おじのやっている店の手伝いとか、そういうこともしていたんですけど、そういうことをしているうちにだんだん症状も強くなってきて、幻覚とかが見えるようになっていったんですよね。で、『ちょっとこれはもうおかしいなあ』という感じで怖かったものですから、夜、おじを呼んだりして、『お前何やっているんだ』とか怒られたりしたんですけども。
その中で、おばから突然ある日、僕の父親は10歳の時に亡くなっているのですけども、実は自殺したんだという話を聞かされました。それですごいショックを受けて、症状が一気に悪化してしまいまして、自分も自殺するのではないかとか、周りの人を殺して自分も自殺してしまうのではないかとか、そういう妄想が出てきてしまって…。母には、包丁とか何から何まで全部隠してくれと頼んだり、布団にぐるぐる巻きにしてもらって自分が動けないようにしてもらって閉じこもったままでいたんですよ。
そこで、別のおじですけども、『これはちゃんとした病院に行って、治療しないとまずいだろう』ということで連れて行かれて、入院ということになったんです。
たぶん、前兆期ぐらいから考えると(病院を再受診するまで)1年はかかっていますよね。いや、同じ病院ではないです。別の病院に。おじが調べてくれたみたいでした。そこでも、僕はもう興奮状態になっていたんですね。たぶんあの時は、同意とかそういうレベルではなくて、そのまま、もう強制的に閉鎖病棟に連れて行かれて、保護室に入れられたという感じでした。」
「いや、保護室では治療はしていなかったと思います。保護室に行く前に注射を打たれていたので。僕の感覚からいうと、保護室は、ほんとにここに入れられたらもう一生出られないんだなと思ったので、もう何回もドアを叩いて、『出してくれ、出してくれ』と言ったんですけども、全然出してくれない。
それで、結局、そこですごく大きな変わり目があったんですけど…。突然、僕は、『ああ、じゃ、仕方ない。もうここで一生暮らしていくか』みたいな感じの気持ちになって、そしたらすうっと全部落ちついてしまって…。あとから聞いてみると3〜4日ぐらい寝ていたみたいなんですね。『もう、いいや』と思って、そして布団をかぶって寝ていましたね。」
「起きてですね、目を覚まして…、カメラがありますから、保護室の様子が分かるので、たぶん看護師の方が(僕が)起きたということで、部屋もすぐ普通の一般の病棟のほうに移ったんですけども。4人部屋の一般病棟、病室ですね。」