「姉の子どもが40歳くらいで10年ほど前に私と同じ肺がんで、本当に苦しんで死んでいった姿を見ていますので、私もそうなるのだと一瞬は思いましたが、医学の進歩は素晴しいなと思いました。本当にあの『がんの痛み』というのをあまり感じなかったのです。でも、ただ先生に頼るだけではなく、自分でもなんとか1日でも長く生きたい、そして私が勝手に仕事をいつまでやっていても愚痴ひとつ言わなかった主人に、できることをしてあげたいという気持ちがすごく強かったのです。
私は『放浪記』の森光子さんがすごく好きで、あの方の舞台の情熱が好きです。もう87歳になられ、それを目標としたら自分もまだまだだいじょうぶだと思えるのです。最初は『もう80歳まで生きたのだからいいか』と思う反面、『いやいや、まだまだ』と思ったり、そんな気持ちでいます。今はまだ何をしようという強い気持ちはないのですが、生きている以上、何かしたいなと思っています。今まで80年も生きていた過去とか、生きている意義を何か探求したいと考えるときが、今いちばん気持ちが穏やかになるという、そんな生活です。
たまたま平岩弓枝さんの『老いること暮らすこと』という本を読んで、これから上手に年をとっていきたいと思いました。がんが暴れないように静かに小さくなっていてもらいたいという気持ちで過ごしていますから、がんとも仲よく上手に年をとっていきたいなと、そんなふうに心がけています。
新聞で読んだことなのですが、幸田文さんの『雫』という題名の随筆(随筆集『季節のかたみ』に収載)のことが出ていて、嘆いてばかりいて暗い気持ちで過ごしていたのではだめで、本当のひとしずくのなかからすごい輝きをみつけ出す、そうした気持ちで自分から灯りを求めなければいけない、小さな幸せでも自分からみつけ出さなければ見落としてしまうことが多い、というようなことが書いてあり、すごく感慨深く読みました。」