●1950年代から70年代
「家族をどう見てきたかという歴史を見てみる必要があると思うのです。1950年代から60年代、海外では、『家族が統合失調症を作ったのだ』という研究が大はやり。いちばん有名なのは、フロム・ライヒマンの『統合失調症(分裂病)を作る母親』という研究。こういう家族だから統合失調症になったのだ、冷ややかな母親とかね。それから日本でもすごく有名になったR.D.レインの『引き裂かれた自己』。世界でもすごく有名になった。
たしか10例か12例の症例が載っていて、私も読んで疲れましたね。こういうふうに母親に、こういうふうに父親にされて、こういうふうに私は傷ついて自己が引き裂かれてしまったと、克明に描いているのです。ここまで言うかというような、完膚(かんぴ)なきまでに、親の接し方を、それも患者さんから聞いた情報を集めて。反精神医学の勢いで国際的にバーっと広がって日本でも影響を受けましたよ。1950年から60年代、そういう研究が続きました。『二重拘束』とか『偽(にせ)の相互性』だと。家族を見ていると、すごく交流しているようだけれど、上辺だけで、むしろ優しい言葉の中に陰性感情とか攻撃性が入っているとか、微に入り細に入り家族のコミュニケーションを……。そういう病理を発見する時代がずっと続いたのです、1950年から60年。
1970年代から少し風向きが違ってきて、ロンドンの『感情表出』の研究。十分に機能している家族にも統合失調症が出るのだと。問題は、小言が多かったり非難が多かったり、巻き込まれすぎると再発するので、そこをコントロールすると再発も下がる。病因論、家族が病気を作ったという立場から多少変化が見えてきた。」
「1980年代になると、今度は、そういう今までの家族研究への批判が出るようになったのです。『偽(にせ)の相互性』だとかを研究した人が、自分もあれは間違っていたと……。私が痛快に思ったのは、ウォリー夫妻がこういう批判をしているのです。『今までの家族研究は、問題家族はバクテリアやウイルスのように毒素を持っている親で、その子ども達は、この有毒物質の犠牲者だ、そういう捉え方だ』と。これは、本当に痛烈に批判していますけども。
こういう家族研究だったのです。そういう批判も受けて、ウィン(Wynne)、『偽(にせ)の相互性』という研究をした人が、我々の研究(は)間違っていた。家族に対して反治療的だったという反省をするようになってね。
で、レイン(Laing, R. D.)という人が、もっと正直に反省するようになった。この人は、それまで統合失調症の家族を研究して、親が作ったのだ、社会が作った病気だと主張していたのですが、正常家族を研究したら、正常家族のほうがもっとひどかったと。このエピソードは面白かったですよ。私もイギリス視察に行く機中で、イギリスの家族会が作った報告書があるのですが、それを読んで興奮しましたね。レインのエピソードが載っていて。アントン大学でレインがそういう講演するというので、イギリスの家族会のメンバーが潜入して講義を聴いたのですよ。その時に、レインが、正常家族を研究したら、統合失調症の家族より正常家族のほうがもっとひどかったということが分かったと。
家族研究をした人からも反省して、日本でも(ある)先生が父親に土下座して謝らせるような家族療法をやったのですが、その先生も、家族の人(達)に謝ったらしいのですよ。『傲慢だった。私のやったことは万死に値する』と反省されたようです。
イギリスは、歴史的反省をするようになったのです。精神医学会としても、別に家族が原因だったという決議をしたわけではないけど、治療からも遠ざけていたのですね。家族が入ってくると大変だからと。日本でも、今でもそういう傾向が残っているのではないですかね。家族が入ってくると患者が悪くなるから避けることが一般的だったのです。これは、歴史的な誤りだったと。1948年に、『統合失調症(分裂病)を作る母親』と言ってから20年・30年続いていますから。それ受けて歴史的反省をするということ(になったの)で、この辺が、日本だと歴史的反省というのがリップサービスに終わっているように思えることが多いのですが、(イギリスでは)徹底的ですね。」
(フリーダ)フロム・ライヒマン:アメリカの精神科医・心理療法家。ドイツ出身。人間精神と幼少期の母親との関係についての研究を行った。「分裂病を作る母」の概念を提唱した。
レイン(Laing, R. D.):イギリスの精神科医。精神科病棟に患者を隔離するのは人権侵害だとし、患者を実存的に理解し治療することで地域に解放することを目指した。