「病気になってオストメイトになって、52年間生きてきた世界と違う世界の人とはじめて付き合って、それまでの範囲よりもここ12年間生きてきた範囲のほうが倍以上広いという。今までは友達100人の世界だったのが、がんになってこういう体になって100人が1000人になっちゃった。これは誰がこういうふうにしてくれたんだろう。『お前はこういう病気になってこういうことになって、これをやりなさい』と誰かに言われているような気がする。だからこういうステージを与えられたことに関しては、ある意味感謝していますね。何か生きている証をもらった、『これを大事にしろ』『何か足跡を残せ』『できることがまだあるから、自分のできる範囲でやったら?』と自分の中で誰かが言っているというのは、オストメイトになってからひしひしと感じてくる。貴重な体験をさせてもらっています。12年前のままであれば、こういう体験は絶対にないと思う。そういう部分はよかったなと思っています。」
「非常に悩んでいらっしゃるオストメイトの方がたくさんいることは事実です。それから若い方々もインターネットの病気の情報だけで満足している人もいる。やはり必要なのは、肉声で話し合ってみんな一歩ずつ解決すること、一緒に話し合える場所です。病気で立ち上がれなくて困っている人も、インターネットの情報を頼りにとっている人たちも一緒に同じところで話をすることによって、何か新しい社会が生まれてくる。
オストミー協会に入っても入らなくてもいいのですが、そういう会話のできる場所をみなさんで作っていく。協会本部と医療と行政とがまず進む方向を話し合いながら、いろんなことを周りに通達しながら網の目のように仲間を増やして。それも大きな解決のひとつで、落ち着いた社会を送れると思います。
「まず一方的に情報を流して流して、ちょっとと思った人がちょっと(コメントを)書いてくれればいい。来やすい状態を作るというか、普段着のブログというか。私自身もそこまでまだなりきってないんで、もっともっと普段着にならなくちゃいけないなと思っていますけどね。」
「私自身も勧めないというか、協会に入らなくても話ができる場所があればいいんじゃないですか。協会に入ることによってはめられてしまうと思っている人がたくさんいらっしゃるから。だからこっちは、何をしているのか、何を提供して何をやろうとしているのかをただ発信すればいい。広く発信していくうちに『あ、そうか』と理解した方が来てくれる。それが本当じゃないかな。」
「この前どなたかに『日本のオストメイトは幸せだよね』と言われました。そうでしょうね、こんなに整っているんですから。ヨーロッパにはオストメイト対応トイレというのがないと聞きました。装具も『このぐらい社会保障でやっていただいている国も少ないでしょう』と言われていました。だから日本はオストメイトにとっては過ごしやすいよい国だと思います。
それでも皆さんにわかってほしいのは、オストメイトがいるということ。陰に隠れて、表に出られなくて困っている人がいる、出たいと思っても出られない人がいる、そういう人が表に出られるような、一般の人と同じような環境の中で生活できる状態(が理想です)。なかなか難しいと思いますけど、それはひとつひとつの積み重ねで、今回の3・11が起きて浮上した問題をひとつひとつ丁寧に解決していくことで、また理想に近づいていく。それは今、被災地にいる人間がやらなくてはならない仕事です。困った現実を1個変えるだけでもいいと思います。それが夢ですね。」