「がんの患者さんにとって苦しい症状というのは、“痛み”ということになると思います。最近は新しい治療法がいろいろ出てきました。まずピスフォスフォネートという、がんの骨への転移をある程度抑制したり、症状を緩和したりすることができる治療法(くすり)が出ています。それから放射線治療、これは痛みのある場所に放射線をあてることで痛みを緩和することができます。また、ある程度試験的な治療ですが、がんの転移によって圧迫骨折が起こったときに骨セメントというものを注入することによって痛みを緩和するという治療法もあります。
特にがんに伴う痛みの治療でいちばん重要になってくるのは、モルヒネを中心とした麻薬製剤です。痛みに対する(くすりの)切れ味は製剤によっていろいろあります。非常に即効性のあるものから、少し時間をかけてよくなってくるものもありますが、上手な使い方をすると早い時期から痛みから解放されます。基本的には決まった時間にきちんとくすりを使うことによって痛みをより上手にコントロールすることができます。もちろん、そうした使い方をしていても痛みが出ることがありますが、とにかく大事なことは『少し痛いな』と思ったときに先手を打って痛み止めを使うこと。つまり定期的な服用、服薬、あるいはくすりの使用ですね。もうひとつは、もし痛みが出るようであれば、できるだけ早いうちに痛み止めを使うことによって上手に痛みをコントロールすることができますし、また実際に使うくすりの量も節約することができます。
同じくすりを長く使うと確かにある程度の耐性が生じるとは言われています。ただしそれについては『オピオイドローテーション』という言葉があり、上手にくすりをローテーションさせながら使うことで過度にくすりが増えないようにすることができると言われています。」
「以前は、まず少々痛くても苦しくても原因療法を行って、それでも上手くいかないときには、その時点で緩和医療に切り替えるというのが一般的な考え方でしたが、ここ5〜10年で概念が大きく変わってきました。がんが進行する前、あるいはさほど進行していないにしても、もしがんに伴う症状があれば、できるだけ早いうちから痛みやがんに伴う苦痛を取り除くことが重要と言われています。つまり、最も新しいがんの治療の考え方は、がんに伴う苦痛も緩和させながら同時にがんそのものも縮める・なくす原因療法をやると。この両方を上手に組み合わせていくということが一般的な考え方で、あまり痛みが出た、あるいは痛みの治療を受けることに対して悲観的になることはないと思っています。」
「患者さんの立場からすると『痛い』とか『苦しい』ということは、医師には言いにくいという現状があると思います。実際、診療の現場にいますと看護師や薬剤師の方には症状をよく訴えられるけれども、どうも医師の前ではあまり悩みや苦しみを訴えられないという傾向があるようです。やはり最終的に治療の責任をもっているのは医師ですし、早いうちにどんなことでもきちんとお伝えいただいたほうが、正しい適切な治療をすることができると思います。 痛みと病気の進行は完全に並行に行くわけではありませんし、なによりも痛みがあると病気の治療に何のメリットもありません。したがって、痛みはきちんととることがいちばん大事ですし、くすりをがまんするとか、医師に伝えないで痛みにひとりで耐えるということは、適切じゃないと思います。むしろ率直に痛みのことを言っていただいて、病気の進行がどうなのか、それによって痛みのコントロールをどうするかではなく、がんそのものの治療を一緒に考えていく、これが適切な治療法につながると思います。」