「今(を)支えているもの……。最近気づいたのですけど、病気をしてからもそうだし、たぶん病気をする前からもそうなのですけど、おふくろなのですね。うちの母の支えなしには、もちろん病気をしなくてもそうなのかもしれませんけど、病気から回復することはできなかったし。今でも、元気になって働けるようになっても、やはり電話だったり、近くなので車で帰れますので、会って、ご飯を食べさせてもらったり、そういうことかなぁと思いますね。
僕が本当にきつい時には、電話をするのですよね。きついとか行き詰ったり本当に煮詰まってどうしようもない時には、おふくろに電話をかけましたね。アドバイスは、特に仕事のことは分からないですから、何も無いのですけど、とにかく認める言葉をくれるのですね。それだけを目当てにというか、電話で話をしますね。
(母は)71(歳)かな。まあ、元気です。大きな病気もしましたけど、まだ、うちの『ピアつばめ』の生活訓練では書道教室で教えに来たりします。嬉しいみたいだし、楽しいみたいですね。」
「利用者さんから?そういうことばかりですね。支えられるというか。やはり僕が疲れていたり元気がなかったりすると分かるみたいで、みんな『顔色良くないよ』と声をかけてくれたり。もちろん職員もだし、利用者さんもそういう声かけみたいなことがあるので、支えられることばかりですね。
僕、朝早く起きたら、(職場から)すぐ近所に住んでいるのですね。だから、シャワー浴びて、用意ができたらすぐ職場に来て、仕事はあまりはかどることはないですけど、やっていたりしますね。つばめ福祉会が、理事長が雇ってくれた。(僕が)統合失調症ということを分かっていながら雇ってくれて、こういう責任ある仕事を任せてくれたというところが大きいかなぁと思いますね。」
「辛かったのは、病気してからずっと辛かったのですけど、やはり、病気をして仕事をなくして恋人も(い)なくなって、友達も本当は離れたわけではなかったのだけど、離れたような気持になって、孤立していったのですね、自分からね。その時期でしょうね。やはり24〜25歳の頃と、2回目の発病の28歳頃ですね。まあ、自分自身のスティグマでしょうね、精神病に対する。『自分自身がもう精神病になってしまったんだ、統合失調症に』という。当時(病名は)精神分裂病でしたけど。
いや、病名は、僕は言われたことはないのですよ、一番最初。30(歳)前に29か、30ぐらいの時に心理教育を受けた時に、たぶん日本で初めてぐらいの心理教育だったのですけど、病院のデイケアで。その時に、病気の症状とか薬の勉強をして、自分の病名、なんかよく分からないなぁと。で、本屋さんで調べたらもうぴったり統合失調症、当時精神分裂病が自分に当てはまるっていうので、確信したという。それまで、あえてたぶん先生は言わなかったのだと思います。当時はですね。そういう病名だったし。
(医師に)確認することもなかったけど、統合失調症というのは分かりましたね。その時はもう30(歳)ぐらいだった。障害認定を受ける直前ぐらいにやっと精神分裂病だと分かりました。」
「とんでもないとは思わなかったですね、『あ、なるほど』と。ぴったり当てはまって、ちょっと安心感もあったような気がしますね。ちゃんと解明されていたということで、自分の症状というか状態が。
でも発病から、もう5〜6年経っていたので、その時には結構いろんなことを諦めていたので、そんなにショックはなかったですね。」
「今は仕事が楽しいので、仕事ばかりというか、仕事でこれしたいあれしたいというのはいっぱいありますけど、結構、もう限界を感じてですね。自分の仕事でも、生活でも趣味でも限界を感じているので、何かしら変えないといかんと。体もだし、精神的にも、もう歳も46になって、いろんなところが…、目も悪くなって緑内障になったり、ちょっと限界を感じていますので、精神的なところから体の面もちょっと変えることはできないのでしょうけど、意識を変えないと、これ以上のことはできないかなと思っています。
結構、頑張りすぎるというか、限界に挑戦したがるのですね。できるところまでやってしまうほうなので、動けなくなるとかそういうことが時々あるので。そこまで、今は動けないとかそういうことはないのですけど、精神的なこととか体のこととか、ケアをするなり、気持ちの持ち方を変えるなりしないと、次の段階には行けないなぁと思っています。
やりたいことはありますよ。新規事業をやりたいとか。例えば、こういう生活訓練事業というのはあまりないのですね。全国的に見てもたぶん少ないかなぁと思うので、そういう事業所を展開することだったり。あと、訪問のサービスですね。やっぱり僕自身が家にいてどうしようもない時期が長かったからですね、家に行くとか来てくれるというサービスを作り出すというか、そういうのを模索していきたいなぁと思いますけどね。」