統合失調症と向き合う

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NPO法人事務局長さん
NPO法人事務局長さん
(ニックネーム)
52歳。19歳(大学1年生)のときに入院。統合失調症と向き合いながら、現在、NPO法人全国精神障害者ネットワーク協議会(通称、ゼンセイネット)事務局長として活動している。会では精神医療ユーザー・アンケートを実施し、その結果を書籍にまとめている。今年も『ユーザー1000人の声と現状シリーズ 2009年度版 誰でもできる精神病の予防とその対策 らくらく統計読本パート2』が6月に発行された。現在、妻、子ども2人の4人暮らし。
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2病気回復のターニングポイント

「病気が良くなって回復したというのが、いつぐらいからと言いますと、私は、15年ぐらい前から、かと思うんです。今、私52歳ですので。

病気になるタイプっていうのは2つぐらいに分かれると思うんですよね。1つは親が高圧的、というのがあると思うんですね。それから、その中で自分に自信がもてなくなっていって自分の価値がなくなってくるという、この2つにだいたい分類されていると思うんです。私の場合は、病気が原因ですべてそれが起きているというふうに考えていました。でもよく考えてみると、自分は親から離れて何年も何年も経って、病気と取っ組み合いをして病気を治そうと、すべての問題は病気を治せば良くなると、高圧的な、指示的な親に何年も何年もそれをしなさいしなさいとされたわけですね。それが自分の基礎ですよね。病気は治すもの、病気さえなくなったら、自分はすべてがよくなる、というふうにやはり教育されましたよ。そう思い込んでいましたよ、社会にいて。病気さえなくなったら私はこんなものから解放される、こんな苦しみがなくなる、そういう生き方をしていたっていうのが、さきほど言いました15年前までなんですね。

で、ターニングポイントは、私は、病気はあってもいいんだ、病気と共存しようと。病気を治すという考えはやめて、病気はあったら、出てきたときに対応しようと。病気を治すために万事いろいろなことを尽くすのはやめようと。そして、必ず頼るのが主治医、ドクターであるとなると、患者とドクターの間柄は、万物の神様医者みたくなるんですよね。その路線からまず外れましたね。そして、もちろん病気を肯定しながらも生きるには、同じような病者の仲間が必要だったんですね。そういう仲間と一緒に歩むようにしました。一般の社会の人と同じ目線、同じレベルでものを考えて同じ常識で同じことをしようということをまず捨てました。病気なりにできることを考え、病気なりに生きていく方法をみつけていく。これがきっと自分のターニングポイントの、大きなターミナルだと思います。」

●妻が最初の仲間

「おそらく一番最初(の仲間は)、女房だと思います。うちの奥さんが一番の仲間だと思うんですね。

うちの奥さんは実は統合失調症で、同じ病者ですが、うちの奥さんと、今、結婚して10年ちょっと経ちましたが、出会って、女房と一緒に暮らしだしてですね、やはり一番最初のピアの仲間ですよね。お互いに許しあえて、お互いにやっていけるんだっていうところを見出したっていうところから、まずピア(ピアpeer:対等や仲間という意味)の仲間の一歩だと思いますね。

仲間っていう言葉、すごく簡単にみんな使うんだけど、本当に心を許しあえてですね、その中で何でも話せて人生を共にする。友達だったり、同棲、要するに一緒に住んでいるだけっていうのは、運命は共にしてないと思うんですよ。夫婦というのは両方が運命を共にすることだと思うんですね。運命を共にするような病者の仲間、いわゆる女房というものと一緒に生きる、これがまず最初のピアの仲間だったんですね。」

●妻と出会った場所

「(妻との出会いは)病院の一角、デイケアですね。(私は)あまり電話番号とか聞くような人間じゃないんですけど、なんとなく聞いてみてですね。病院では交際禁止ですのでだいたい、デイケアとかどこも(交際禁止が)多いですけど。私たちはこっそり隠れて家で会いながら、いろいろと話しながらそして結婚に至ったと。駆け落ち結婚ですから。」

*デイケア:地域の保健所や精神保健福祉センター、医療機関などで、レクリエーション療法や芸術療法、SST(社会生活技能訓練)などを中心に行われる。

●ある医師との出会い

「最後にかかったお医者さん、要するに(最後に)入院したときのお医者さんは、治療法というより、患者と一緒にいつも遊んでいる先生だったんですよね。自分と同じ目線だったり、同じ位置でものを考えてくれたりする先生だったんです。あまり先生らしくなくて、一緒に飲みに行ったり、一緒に遊びに行ったり、先生の家でごろごろしてたり。ま、けっこう大きな病院の先生なんですが。

その先生と、治療じゃなくお付き合いするようになってから、まずお医者さんにすべてを治療を求めない。治療はやっぱり自ら行うものだし、気がつくものだし、自分でできることをしていくことが治療だし、そういうところで大きく変わりましたよね。お医者さんて、別にそんなすごい人じゃなくて、医者という技術者であって、同じ人間同士なんですね。それをお互いにわかったときに、依存的にお医者さんに頼むっていうわけじゃなくて、わからないことは聞くかもしれないけど、自分でまずできることをしていこうっていう、それが治療だっていうようになってきましたね。そうすると女房ともそうです、みんなともそう、自分たちでできることをしていこう、これが1つの治療法。(この)治療がいつか回復を呼んでいくというふうになっていったと私は思います。」

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