②「1990年代前半:リスペリドンの登場」
「リスペリドン(商品名:リスパダール)とか、オランザピン(商品名:ジプレキサ)という薬は、1990年代の前半に世界的に導入された薬です。だいたい1992年から1993年ぐらいですね。
表2 抗精神病薬による主な副作用 クリックで拡大します |
リスペリドンという薬が1990年代の前半に世界的に出てきて、日本で発売されてきたのは1996年の6月ですよね。ここが日本のいわゆる非定型薬の始まりになりますね。ただ、実際にリスペリドンが発売されてから、それがきちんと使われるようになってくるまでには、4〜5年はかかりました。
なぜそうなのかというと、実はリスペリドンが出る前に長いこと日本では次々と、陰性症状に効くとか、今まで治らない病気が治るとか、そういう薬が発売されていたのですが、十分な効果がないと。逆に、今までのハロペリドールとレボメプロマジンの薬にさらに追加して、多剤大量処方が著しくなるだけだというような状況が長いこと続いたので、お医者さんも、リスペリドンという薬は良い薬だとの話は聞いていたけど、なかなか信用ができなかったということが1つありますね。
だから薬というのは、やはり信用を勝ち得て、臨床の中で十分使うべきところに使われるようになるまで、ある程度時間がかかるのですね。」
「リスペリドンという薬は、最初はやはり日本の精神科医みんなそう思ったのです、『今までに治らない方が、これで治るのではないか』と。で、結構重症の人にこの薬を使っていって治そうと思ったのですが、なかなかうまくいかないのですね。
特に多剤大量処方のような患者さんに思い切ってこの薬に切り替えていったりすることによって、その患者さんが、今までたくさんの薬で、ある意味ではぼんやりした、押さえつけられた、『万力で締めつけられたようになっている』というふうによく言いますけども、そういう状態の患者さんが、新しい薬になったところで、その状態が大幅に変わってきたんですね。たしかに多剤大量を切り替えていって、少しの薬で、ある意味で効く薬、リスペリドンにしていった時に、たいへん良くなる方もいるのですけども、今まで、頭が朦朧として自分がどういうふうな状態であったか分からなくて、で、病気の症状もあって呆然とした方が、自分の状況が分かってくる。『自分は病気で病院にいて、家族にも見捨てられて、たいへんな状態にある』ということが分かると、患者さんはたいへんショックを受けますよね。いわゆる“目覚め現象”が、たくさん起こってくるのです。そういうのを“アウェイクニングス”と言うのですけども。
だから、病気は良くなるように見えたのですけども、患者さんが突然自殺企図するとか、そういうことが結構起こってきて、リスペリドンの使い始めというのは、なかなかたいへんでしたね。で、多くの精神科医が、『この薬はちょっとうまく使えないなあ』というふうに思ったと思います。
そのうちに、リスペリドンの良さが分かってきたのは、むしろこれは病気の使い始めに使う薬だと。統合失調症の発病初期だとか、あるいは再発した、薬をすっかりやめてしまって具合が悪い方に使いだすとか、そういうふうに使うとこの薬はとてもよく効いて、副作用も少ないし、入院期間も短縮できるし、リハビリに入るスピードが非常に早くできるようになった。だから統合失調症の治療のスケジュールをずいぶん変えていった薬ですね。
かなり早い時期に使ってきて、非常にシンプルに使い出せば、とてもいい薬だということが分かってきたのは、むしろ21世紀になってからじゃないでしょうか。」
「リスペリドンの副作用は、さっき言ったように、ハロペリドールとよく似た副作用が起きるのですけど、程度が軽いのですよね。で、錐体外路症状はリスペリドンでも起きますが、ハロペリドールよりもずっと軽く出てきます。場合によったら、副作用止めの抗パーキンソン薬を使わなくて済むということが結構ありますが、完全にそういう薬の副作用がなくなってはいないので、やはり半分か3分の1ぐらいの患者さんには、抗パーキンソン薬の併用が、量は少なくて済みますが、必要な場合もあります。
体が多少硬くなるとか、少し震えてしまうとか、軽いアカシジアが起きるということはありえますね。そういうふうな錐体外路症状にたいへん弱い方に関しては、結構強く出る場合もあるので、使いづらいことがあります。
で、リスペリドンの非常に大きな問題になる副作用は、高プロラクチン血症です。これは、ハロペリドールの時もあったのですが、リスペリドンは他の副作用が少ないだけ使いやすいですから、より使いやすいとなると、この副作用が逆に出やすくなるということになるのです。今までは、使いづらいのでこの副作用が出る前に、むしろその薬をやめてしまった、変えてしまったということがあったのですけど。これは要するに、女性で多く問題になる副作用で、生理が止まる・不規則になってくる、中には妊娠とか、もちろん出産とかしていないのにかかわらず乳首がしこってきて、乳汁が分泌されるというような副作用も起きます。」
「だんだんリスペリドンを使うようになって分かってきたのですが、リスペリドンというのは、だいたい日本では12mgまで認可されていますけれども、この薬はどうも、あんまりたくさん(の量を)使う薬ではないと。この薬の持ち味というのは、だいたい1、2、3、4mgぐらいまでが一番いいところであって、せいぜい6mgぐらいまでに留めていたほうがいい、どう使っても8mgまでという感じですね。ですから、この薬の最も良い持ち味を得ようとするとおそらく2mg、3mg、4mgぐらいまでで治るような統合失調症で、急性の幻覚妄想状態でもきわめてよく反応することがありますから、ほとんど副作用を経験しないで、活発な幻覚妄想がきれいに治る、非常に切れ味がよく効くことがあります。
ただですね、この薬はやはり十分効かないという患者さんがいることは間違いなくて、そういう場合に(量を)増やしていって効くということもあるのですが、増やしていってもなかなか効果が出てこないことも残念ながらあります。例えば6mg以上になってきて8mgとか、例えば10mgとか使っていくと、これはハロペリドールと同様の錐体外路症状が出ることがありますから、そうすると、やはりその副作用による問題点が出てきて、効果も十分に出ないということがあるので、あんまりたくさんの(量の)リスペリドンを使うというのは得策ではないということが言えると思います。
ただ、中には患者さんによっては、そのぐらいの量が必要な場合ももちろんあるのですが、一般的に言うと、リスペリドンは割合少ない量をうまいこと使いこなす薬だというふうに分かってきたのは、この5〜6年ぐらいじゃないでしょうかね。」