「行商から始めて、60歳までガソリンスタンドを経営して、仕事のおかげ、商売のおかげで家族と生活ができて、本当に感謝しています。でも自分の人生のすべてのエネルギーを仕事に費やして、自分が商売のためだけに生きてきたということに『そうじゃないだろう』と。自分はあの病気をして、(自分にはまだやる)仕事があるから神様は生かしてくださった。『その仕事はなんだろう?』ということで、60歳で仕事を息子にゆだねて、自分の人生を探す旅とアウトドアの旅とを重ねて、今6〜7年。この旅を通して大きなものを僕は今得て、与えられたような気がします。まだまだ探している途中だけれども。」
「風を感じたのは摩周湖です。毎朝3時ごろ、太陽が昇って山を散歩する。自然の中を歩くと、本当に小さな花が人に見られておろうがおるまいが、『私はここに咲いていますよ』と存在感を訴えている。『一所懸命生きとんだなぁ』と思うと、自分も自然の中で生かされているというのを体感できる。これ非日常だけど、本当にすばらしい。旅で感じる命。」
「私が洗礼を受けたのが20歳のころ。妹に影響を受けて洗礼は受けたけれども、仕事、仕事でもう全く教会にも行かず、本当に仕事に追われて、傲慢な思いでずっと生きてきた。けれど30代半ばごろ、何か忘れものをしてるような気がして、ふっと教会を訪ねた。そしてそのころから、神様の存在をまだ信じられてはないけど、神様を求める、そうこうしているうちにあの病気をしたと。神様を求めておる、そんなときにあの下血とかいろんなことがあって、そのとき問いかけがあった。だからその辺から信仰の道へ入っていった。
そして旅で多くの人との出会いの中に、さらに牧師になる道、教えを目指す、私はこのことに気づく。このことに到達するまで、この67年が必要だったのかなと。病気をしても、JRの脱線事故に遭遇してもまだここまでの思いではなかったけど、旅を通して風が語りかけて、道東の朝は本当に3時ごろから太陽が昇って上昇気流の風が起こってくる。その風がどこからどこへ吹くのか、お前もどこから来てどこへ行くのか、目に見えるものばっかり追ってきたけど、目に見えない愛とか命とか、大切なものがあるよということを、本当に自然の中で生かされておるということを体感しながら『ああ、そうなんだ。今そのときだ』と。そして奥さんが、『今ならできるんじゃない?今なら(牧師になる)学校に行けるんじゃない?』『そうだ、今しかない』と思ったのです。」
「このわが家は、風が教えてくれた『フリースペース風曜日』として、本当にすばらしい変身(を遂げました)。これがわが家だろうかと思えるような、多くの人、新しい出会いがここから生まれてくる。お年寄りの方がお茶の飲める場所をということでやりだしたことなんだけど、地域のみなさんに使っていただき、コンサートもできたり、写真とか絵とかパッチワーク教室とか、なんでも使える。そして通常はこの2階で礼拝をする。この町は公民館がないですから、地域の集会所にもを使う、そんな場所です。」