「もう自分としては、1ヵ月間はとにかく仕事からきっちり離れて治療に専念したいという気持ちがあったので、そのためにはきっちりと引き継ぐことだと思いました。それは非常によかったなと思っています。
エコー検査の時点で腫瘍は2センチ超えていることがわかり、いろいろ調べていたら、おそらく術後に化学療法をやらなくてはいけないということまでわかりました。そうするといろいろやはり条件が出てきますよね。頭髪が抜けるとか、そういう見た目もたぶん変わってきてしまう問題もあるでしょうし、身体もどんな反応が出るかとても不安でしたので、最悪の場合、半年ぐらいは休まないといけないのかなということも考えていました。だから余計、引継ぎのほうはしっかりしておこうと思いました。
結局、手術日を1週間延ばして、漸く手術を受けられたのが7月30日です。今から思うとそこまでやらなくても、もっと身体のほうを優先すればよかったなとは思うのですけど、当時は仕事をちゃんと引き継いで、という思いがあったので、その1ヵ月間はかなり忙しかったです。」
「クライアントのところに引き継ぐ人と一緒に行って、『今回、ある事情があって、このお仕事は彼が担当になります』と言うと、『なぜですか?』と聞かれるので、『実はあの、がんになりました』とストレートに言うと『あ、それは・・・』という反応でした。最初『がん』と言うと、知っている人は『どこの部位?』と聞くので、『あ、この人知っているな』と思って、『乳がんです』というふうに言いました。結構いやだったのは、向こうも男ばかりなので、乳がんという非常に女性の性器に関わるようなことを言うと、なにか視線が胸に来るような気がして、すごくいやでしたね。でもそれは言わないと、逆に嘘を言えば自分がつらくなるだけなので、真実を普通に言いました。
逆にそれを言ったから納得してくれたのだと思います。『がん、それは…』という、やはりがんという病気がもつイメージの大きさだったと思うのです。『あ、もうそれなら』という感じで皆さんに納得していただきました。仕事は指名制で、30歳過ぎたぐらいから『桜井さんに』という形で仕事が来るようになっていたので、やはり期待されて与えられた仕事に対して、他の人に渡すというのは非常につらいですよね。つらいのはわかっているし、向こうの人にも悪いなという気持ちがありましたので。『この人間だったら私が信頼できるスタッフですからできます』ということを、私の口から説明しないといけないと思って。夏のいちばん暑い時期だったので、結構たいへんでした。」