直腸がんの手術
直腸の周りには生活していくうえで大切な臓器がたくさんあります。膀胱や自律神経があり、女性の場合は子宮、男性の場合は前立腺があります。これらが狭い骨盤の中に集まっていますので、直腸がんの手術はそれらを傷つけないように行わなくてはならず、結腸がんの手術よりも一般的に難しくなります。
直腸がんの手術でまずいちばん大切なのは、肛門、つまり括約筋を残せるかどうかです。肛門を残す手術を前方切除術ないしは括約筋温存手術と言います。括約筋が残せない、つまり肛門が残せない場合は、肛門も全部取ってしまう直腸切断術という手術が行われます。
肛門括約筋というのは肛門を閉じたり開いたりして、排便をコントロールしている筋肉です。それが手術で傷ついてしまうと、排便がコントロールできなくなり、便が漏れたりしますので、そのような場合には肛門を全部取って人工肛門にしたほうが、むしろ手術後の生活が楽になります。
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直腸がんの手術の場合、結腸がんと違って、安全域はがんのある場所から肛門のほうに2cmでよいと言われています。がんから2cmの安全域をとって直腸を切ったときに、肛門括約筋が傷つかないかどうかで、肛門を残せるかどうかが決まります。
がんから2cm下(肛門側)で直腸を切れれば、残った直腸とS状結腸をつなぎ合わせます(右図)。肛門は残りますので、人工肛門を作らなくてもいいわけです。
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がんが肛門括約筋から2cm以内のところにあるときは、しっかりがんを取りきるためには、どうしても肛門括約筋に傷がついてしまいます。このような場合は肛門括約筋も取ってしまい、お腹の壁に穴を開けて切り取った腸の断端を通して、人工肛門とします。人工肛門とは、腸の断端の粘膜をひっくり返して粘膜とお腹の皮膚を縫い合わせ、そこから便が出るようにしたものです(右図)。
最近は、手術の機械や技術がよくなってきたので、直腸がんでも人工肛門になる人の割合はかなり減ってきています。現在では、直腸がんのうち2割前後の方が人工肛門になり、残りの8割ぐらいの方は人工肛門にはならないで、もともとの肛門から排便できる手術を受けています。
・直腸がんの手術の後遺症
結腸はかなり長いので、結腸がんの場合、手術で腸を切り取ってもほとんど生活への影響はありません。一方、元来直腸には「便を溜める働き」と「溜まった便を一気に押し出す作用」があります。直腸がんの場合、人工肛門にならなかったとしても、直腸の大部分が手術でなくなってしまいます。そして手術後はS状結腸がその代わりをするわけですが、どうしても直腸と同じ働きはできません。つまり、十分に便を溜めることができない、便を押し出す力が弱い、という状態です。そのため、人工肛門にならなかったとしても、1回の排便量が少なく、何回もトイレに行かなくてはいけなくなります。
また、直腸の近くには排尿をコントロールする神経の束がたくさん走っています。手術でそれらが傷ついたり、がんをしっかり治すためにそれらを切り取ったりすると、おしっこが十分に溜まったという感覚がなくなってしまったり、十分におしっこを出し切れなくて膀胱の中に残ってしまう(残尿)ということが起きます。人によってはおしっこが漏れてしまう場合もあります。これらを排尿障害と言います。
排尿機能を司っている神経は性機能も司っていますので、勃起障害や射精障害など、神経障害の程度によってそのような性機能障害が起こることもあります。
ただし、体が手術から回復するにつれて、この排便障害、排尿障害、性機能障害も回復してきます。半年〜1年ないしは2年で、徐々に回復していくと思います。